『問題集』中島みゆき

 みゆきさん、デビュー40周年にして通算40枚目のオリジナル・アルバムが届いた。オリジナルのリリースは2012年の『常夜灯』から2年ぶり。
 みゆきさんについては、『ララバイSINGER』(2006)、『I Love You、答えてくれ』(2007)、『DRAMA!』(2009)、『真夜中の動物園』(2010)、『荒野より』(2011)、そして『常夜灯』と、当ブログ開設以来リリースされたオリジナルアルバムはすべて記事としてエントリーさせて頂いているのだけれど、これほどまでの頻度でアルバムをリリースしていながら、毎回新たなインスピレーションを受けて記事が書きたくなるアーティストというのは、そう多くはない。(聖子さんの場合は、別な意味のインスピレーション(興味?)で、毎回書いてますけどね。微笑。)
 今回の作品は、強いコンセプトもなく、とても自然に聴ける作品。40周年ということもあってか、久しぶりの国内録音で、サウンドもどこかナチュラルな印象。半分は「夜会Vol18〜(橋の下のアルカディア)」用に作られた曲で占められているものの、これまでの夜会曲のような難解さはなく、カントリータッチで壮大かつ穏やか、引きが強い朝ドラ主題歌でありながら見事にアルバム曲として溶け込んでいる「麦の唄」を筆頭に、それぞれの曲の粒立ちが良く、独立した作品として楽しめるようになっているのも40周年記念作品らしいところ。
 とは言えタイトルに『問題集』とあるとおり、それぞれの曲が聴く者それぞれの解釈で味わえる奥深い世界(これはそれぞれのリスナーへの"問題集"という意味なのだ)は健在で、孤高の才能、中島みゆきのアルバムは今回もやはり俺にとって"ただの音楽作品"として聴き流すことを許してくれなかったのだ。
 今回、みゆきさんから出された俺にとっての"難問"は、これだった。「ジョークにしないか」。

笑ってくれましたか それならいいんです
驚き過ぎると笑うしかないですよね
笑ってくれましたか 黙らないでください
構えさせてしまった 深い意味はないんです
 愛について語ることは 私たちは苦手だから
 明日また会えるように ジョークにしないか
 きりのない願いは ジョークにしてしまおう
    詞:中島みゆき

 これは、男女の恋愛に限らず、同性同士の恋愛にも当てはまるテーマ。むしろ、ゲイであればこそ、このようなシチュエーションに遭う可能性も高いのだ。
 会っている時間がただ嬉しくて、楽しくて。けれども、ひとたびそこに「愛」を語ってしまうと容易く崩れてしまいそうで、そのぶん愛おしくて。だから、敢えて意味のないもの(ジョーク)にして笑い飛ばしてしまおう。大切なものをいつか伝えるために。

愛なんて軽いものだ 会えることに比べたなら
明日また会えるように ジョークにしないか
きりのない願いは ジョークにしてしまおう
  
海へゆこう 眺めにゆこう
無理に語らず 無理に笑わず
伝える言葉から伝えない言葉へ
きりのない願いは ジョークにしてしまおう

 詞(ことば)を操り、詞(ことば)が隠し持つ強い意味と力をぶつけて、聴く者の心を揺さぶり続けてきたみゆきさんが、ここではついに「伝えない言葉」の力に言及しているのが、とても響く。
 "わかる人にしかわからない それでいい愛詞(あいことば)"(「愛詞(あいことば)」)
 "誰かが私に問いかける 何びとであるか問いかける 聞きたい答は既に決まってる"(「産声」)
 そうして見れば、このアルバムに収められた作品には、その答えとも思えるキイワードが散りばめられていることにも気付く。 
 構築する世界と裏腹に、深夜DJなどで披瀝するジョーク満載のトークから推測するに、おそらくこの詞の世界こそがみゆきさん自身の本音なのだろう。そう思えた。
 沢山の言葉を、沢山の意味を、秘めながらも敢えて語らない、その潔さ。一見シリアスでいて無駄の多い情報が溢れ返す時代だからこそ、あえて意味のないジョークに意味を見出す。あるいは沈黙を通す。近年の中島みゆきの作風の答えが、この作品だったのかも知れない。そんな気もした。