わが心の筒美京平メロディー

 女系家族だった我が家では、いつも茶の間に歌番組が流れていた。俺の子守唄は伊東ゆかり「小指の想い出」で、「小指」のレコードをかけるとよく眠ったそうだ。そんな自分が物心ついて最初に好きになった曲が「ブルーライトヨコハマ」。それが大作曲家「筒美京平」の作品であることを知ったのは、ずっとあとのことだ。その後は姉の影響でもっぱらカーペンターズで育った俺だが、家が床屋だったから、そんな間も店先のラジオを通じて南沙織郷ひろみ麻丘めぐみや「さらば恋人」「また逢う日まで」と、筒美メロディーに触れない日はなかったと思う。
DREAM PRICE 1000 太田裕美 木綿のハンカチーフ そして、太田裕美。「木綿のハンカチーフ」を店先のラジオで初めて聴いたとき、背筋がゾクッとしたのを覚えている。それからは、「赤いハイヒール」「最後の一葉」「しあわせ未満」「恋愛遊戯」「九月の雨」と、出す曲全部がタイプの違う、しかも良い曲ばかりで、目が離せなくなった。思春期に足を踏み入れていた俺は姉からよく「こういう娘が好きなの?」とからかわれたものだ。確かにフランス人形のように可愛くて、舌足らずだけど澄んだ声の彼女は好きだったけど、俺はその頃から女の子には興味がなかったから、本当に好きだったのは筒美京平さんの美メロだったんだと思う。78年までの太田裕美のアルバムはほぼ全曲筒美京平作曲で、俺にとっては宝箱のようなもの。これについてはまた改めて書きたいと思っている。
 さて、筒「美メロディー」について。一言で言えば「美味しい」メロディーの宝庫。洋楽のパクリという批判も確かにあるが、そのフックたっぷりの、しかし必ず落ち着くところに落ち着いてゆくメロディーは、ルーツをたどれば童謡に行き着くのではないかと俺は思っている。例えば「赤とんぼ」。(断っておくが「あのねのね」じゃなく。)あのたった8小節の中に凝縮された究極においしい(激ウマ)メロディー。奇をてらったところがなく、しかし耳に残る。筒「美メロディー」にもそれがある。そういえば誰か忘れたけど音楽ライターが筒美さんのことを「すごく美味しい日本の洋食屋さん」みたいに書いていたのを思い出した。そう、洋楽の形を借りながら、実は日本人の心を鷲掴み。邦楽のど真ん中。ある意味、換骨奪胎。そういうことなんだ。きっと。誰か、音楽的に筒美メロディーを研究して、その辺はっきりさせてくれないだろうか。