中島みゆき『I Love You,答えてくれ』

I Love You,答えてくれ

I Love You,答えてくれ

 前作『ララバイSINGER』がみゆきさんのキャリアの集大成ともいうべき充実作だっただけに、そこから1年もまたずに新作がリリースされたのはちょっと驚きだった。正直言って、俺としては『ララバイSINGER』を聴いたとき、この作品をもってみゆきさんは一区切り、つまり活動を休止するかもしれないな、なんて思っていたのだ。
 でも、それは全くの杞憂だった。この『I Love You,答えてくれ』は、生きにくい現代に生きる我々に向けた、みゆきさんからの力強いメッセージなのだ。そう、みゆきさんはこのメッセージを誰かに向けてすぐにでも発信せずにはいられなかったのではないか。そう思わせられるほどに「今」の時代に真正面から対峙した作品、それが『I Love You,答えてくれ』。みゆきさんは、現在進行形だ。
 ところで、みゆきさんが伝えようとしているものとは?
 一言でいえば、コミュニケーション不全に陥っている現代ニッポン人に対する警告・メッセージではないかと思う。
 たとえば、情報の海の中に溺れてしまった我々が失いつつある他者への「思いやりの心」を取り戻すこと。リアルな想像力を持ってそれを取り戻すこと(「顔のない街の中で」)。

 見知らぬ人の笑顔も 見知らぬ人の暮らしも
 失われても泣かないだろう 見知らぬ人のことならば
 ならば見知れ 見知らぬ人の命を
 思い知るまで見知れ 顔のない街の中で

 あるいは、この一瞬に何かを相手に伝えること・伝える努力をすることこそが、今を生きることなのだと(「惜しみなく愛の言葉を」)。

 いいえ私は明日をも知れず 今日あるだけの一日の花
 いいえ私は明日を憂えず 今日咲きつくす一日の花
 惜しみなく愛の言葉を君に捧ぐ 今日も明日も あらん限りに

なぜなら我々は、己の限りある命の中で奇跡のように出会えた魂なのだから(「一期一会」)。

 忘れないよ 遠く離れても 短い日々も 浅い縁(えにし)も

 かと思えば薄っぺらな正論に酔って対立を繰り返す人々には強烈な皮肉を込めて諭してみたり(「Nobody Is Right」)。

 争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
 その正しさは気分がいいか
 正しさの勝利が気分いいんじゃないのか
 つらいだろうね その一日は キライな人しか出会えない

 言葉が伝えられることの限界を嘆きながらもなお、何かを伝えること希求する(「ボディ・トーク」)。

 伝われ 伝われ 身体づたいにこの心
 言葉なんて迫力が無い 言葉はなんて弱いんだろう

 そして、最後の締めくくり、タイトルソングが圧巻である。

 愛さずにいられない馬鹿もいる 気にしないで受けとればいいんだよ
 愛さずにいられない馬鹿もいる 受け取ったと答えて欲しいだけさ

 そう、感情をもった生身の人間が目の前にいるんだ、そのことを少しだけ気にかけるだけでいいんだよ、そのちょっとした想像力を忘れていやしないかい?と。そのシンプルすぎるほどのメッセージを、みゆきさんはドスの効いた声で何度も何度も繰り返す。「I LOVE YOU,答えてくれ、I LOVE YOU,答えてくれ・・・」と。
 これらの曲以外にも、自己の起源に思いを馳せるバラード「昔から雨が降ってくる」や、ストレートなロックに載せたリーマン応援歌「背広の下のロックンロール」、ジャニへの提供曲「本日、未熟者」、幻想的な「アイス・フィッシュ」など、ゴリッと耳に引っかかる強い曲がこれでもか、と並んでいて、聴き込むにつれて前作以上の傑作かも、と思えてきたのである。ジャケットは三代目魚武濱田成夫による力強いタイトル文字に、ちょっと下世話な感じの金屏風とトウの立った神社の巫女さんのようなみゆきさんで、なかなか「歌謡ロック」していてGOOD。(難を言えば、ちょっと前時代的なアレンジと「Nobody Is Right」での荘厳なゴスペルとまさし・さだの「関白宣言」風メロディーのミスマッチ感?なんて茶化すのは今回はやめときましょ。)
 考えてみれば、イジメ問題から始まって、親殺し・子殺し、差別や格差問題、政治の闇から戦争に至るまで、その根底に流れる原因すべては「他者の苦痛に対する想像力の欠如」つまりは「自分本位の思いやり不足」から来るのであって、これは残念ながら歴史上繰り返されていることでもあり、現実社会では人間同士お互いが伝え合うこと・理解しあうことの難しさを思い知らされる一方で、それでもなお希望に縋りたい、縋らずにはおれないという純粋さが、みゆきさんのこの作品には溢れているような気がするのだ。そこにただただ勇気付けられるばかりの、俺なのである。
 是非多くの人にこのメッセージが伝わることを祈る。。。