黙殺された怒り、逸らされる視線

 音楽ネタや映画ネタ、プライベートモードでも久しぶりに書きたいことが溜まっているのだけど、いかんせん時間が無くて、いまのところこのブログはウィークリー更新がやっと、ってことになっちゃって、そこがちょっともどかしい。
 さて、亡国のイージス艦が起こした悲しい事故について今日は少しだけ書きます。
 「なだしお」のときもそうだったけど、この事故も最後は艦長の首を切る、あるいは業務上ナントカで書類送検、とかいう話で終止符を打つのかしらね。要は現場に責任おっかぶせてシャンシャン。
 防衛省情報隠蔽体質とか、トップへの報告に異様に時間を要したこととか、そもそも最新鋭の軍艦(そう言っていいのよね)の航海時の監視体制があれほどお粗末だったというトンデモない事実とか、そういった根本的な大問題(その責任追及を含めて)はいつもどおり有耶無耶にされちゃうのではないかと。。。なんだかそんな勢いね。
 ロス疑惑は確かに解決すべき事件ではあるけれど、ここにきて渡りに船、とばかりにロス疑惑のみがマスコミを賑わしているのは不愉快で仕方がない。
 道路特定財源の無駄遣い、オキナワでの米兵の暴行事件、そしてイージス艦事故。国民にとって決して疎かにできない国内問題が続いているのに、この本当の怒りは黙殺されたまま、腹話術人形フクダの他人事のような一言コメントや国会での与党議員のまやかし答弁ですべて消化されたかのごとく扱われてしまう。「誠に遺憾だ」「あってはならないことと反省し、対策を検討したい」「粛々と進めてまいります」etc.
 そう、俺たちの怒りは身をかわされ、そのまま行き場を失っているだけなのだ!
 そしていつの間にか、マスコミによって新しいネタが撒かれ、我々の大部分はそちらに視線を逸らされてしまう。マスコミの大部分は与党・宗主国の側に有利な報道をするのが常なのだから。そんな毎日のなかで行き場のない怒りの名残りだけが残っても、そのうちに怒りの原因が何だったのかさえ、我々は忘れてしまうのだ。
 もっと我々は怒り続けなければいけない。
 そして、力ずくでも解散総選挙に持っていき、本当に我々の声を聞き国民のための政治をしてくれる代表者を選んでいかなければならない。いま心からそう思う。
 そうしなければ、これからも騙され続けるだけだ。