シングル・レビュー〜90年代編

GOLDEN☆BEST/太田裕美 コンプリート・シングル・コレクション
 90年代に入ってからの太田裕美さんのシングル作品は、CMがらみの単発ものばかりながら、二児の母となった彼女の内面的な充実・成長を反映したかのような、実に内容の濃い作品ばかりだ。ただ当時、裕美さんのメディアへの露出はほとんどなく、一般的には(俺もその一人だったのだけど)ほとんど注目されないままに終わっているので、ここで改めて素晴らしい3曲について熱く語りたいと思うのだ。

  • はじめてのラブレター(詞曲:太田裕美、編:近藤達郎、93年5月)

 進研ゼミのCMソング。当時、俺はCMから流れてくる裕美さんの声に「あ、太田裕美だ!」と反応しつつも、実を言うとそのアクの抜けきった人畜無害な歌声には、全く心が動かされなかったのである。別な視点で見れば、人畜無害で透明だからこそ、90年代以降、彼女の声が多くのCMソングに使われるようになったというのも間違いないだろうけど。90年代以降の彼女のボーカルは、ノン・ビブラートの真っ直ぐな発声に変わっており、全盛期の彼女の歌声の魅力でもあった独特の「憂い」が無くなった一方、長い休養を経たその声の透明感がよりストレートにリスナーに届くようになったということなのかもしれない。押しは強くないけれども、さりげなく主張する「声」、だからCM向きなのかも。
 一方この自作曲は、曲としては非常にシンプルなコード進行にも関わらず、それに乗る起伏に富んだメロディーが素晴らしく、聞き込むほどにその味わいが増してくる作品である。(そのあたり、俺としては、やはりシンプルなコードの中にとても魅惑的なメロディーを紡ぐ稀代のメロディーメイカー・草野マサムネ太田裕美さんに共通したものを感じるのだけど、皆さんはいかがですか?)また、歌詞は少女の初恋を温かく見守る母の優しさに満ち溢れており、澄んだ歌声と相俟って聴くたびにこちらも澄み切ったやさしい気持ちにさせられる。ビートルズ風味のナチュラルな管弦楽アレンジも、とても優しくて効果的。この曲は太田裕美の現役ポップス歌手としての復活宣言であり、それに相応しい瑞々しさに溢れた作品に仕上がっているように思う。

 こちらは日本テレビのキャンペーンソング。一時期、関東では5秒スポットのCMでバンバン流されたのだけれど、何せ5秒程度では使われる部分があまりにも短すぎて、視聴者にはどんな曲なのかも全然わからず、結局はセールスにも全く結びつかなかった。俺も、曲の全貌をのちのベストアルバムで聴いて初めて、あ〜こんなにイイ曲だったのか〜と知ったみたいな。折角のキャンペーンソングだったのに、もったいなさすぎ。想像するに、日テレ内に強烈な裕美ファンがいて、その人の熱心な売込みで曲が決まった迄は良かったけど、そのあとの押しが(あるいはコネが)ちょっと弱かったのかな、などと思ってしまう。
 実はこの曲は裕美さん20周年のアニバーサリー・ソングにもあたり、内容的にも本人の自作曲としては屈指の出来栄えである。独創的でありながらどこか郷愁を誘うメロディーに乗せて綴られる、時の流れとともに失われたもの(者・物)に対する「深い慈愛のこころ」。まさに裕美さんの20年の歳月がこの作品のなかに凝縮されているような気がしてならない。オブリガートで挿入される沢井一恵さんの琴の音色も大変印象的で、終始深みのある幻想的なアレンジを担当したのは井上鑑氏。こちらも素晴らしい。

  • ファーストレディになろう(詞:奥山六九、曲:GONTITI、編:羽毛田丈史、96年3月)

 実はhiroc-fontanaは太田裕美さんの曲を聴かなくなった時期がある。ある意味当り前だがそれは裕美さんが活動を休止していた80年代後半から90年代前半あたりなのだが、その頃にかなり良く聞いていた音楽が「GONTITI」だった!という偶然。そしてあるとき、GONTITIの野外ライブの飛び入りゲストで現れた裕美さんとラッキーな遭遇をしたりもした俺なのだ。そんな二組がコラボしたこの曲、個人的に嫌いになれるわけがないのである。イントロからしてピンと張り詰めたGONTITIギターの音色が心地よいサウンド。ちょっとコミカルでどこまでも前向きな歌詞に、裕美さんの幾つになっても愛くるしいボーカル。とにかく濁りがなく真っ白な印象で、幸福感に溢れた一曲。作詞の奥山六九なる人物はナゾに包まれているが、遊佐未森にも何曲かの作品提供をしており、もしかすると裕美さんのペンネームかも?(訂正:奥山六九は、裕美さんのダンナの福岡氏のペンネームだそうです。オール・ソングス・コレクションのブックレットに記載されていましたね。)
 カップリングの「ベロアの秘密」も、不倫を匂わせる思わせぶりな歌詞と、それを増幅させるようなスリリングなサウンドがマッチした作品で、こちらもクオリティが高い仕上がり。
 ちなみにこれはメナード化粧品のCMソングであり、CM用バージョン「メナードレディになろう」が35周年記念企画「オールソングスコレクション」のボーナスCDに収録されている。
 **************************
 さて、以上が太田裕美さんの90年代のシングル・レビュー企画でしたが、今回は98年〜99年発表のミニ・アルバムは除外しています。長くなりすぎてしまいそうなので(笑)。こちらはオールソングスコレクションとはいかず、ごめんなさいね。