「ぐるりのこと。」


 橋口亮輔監督、主演:木村多江リリー・フランキー
 自らゲイを公表している橋口監督の、前作「HUSH!」以来6年ぶりの作品ということで、大きな期待をもって映画館に足を運んだが、期待に違わぬ力作。
 「HUSH!」もそうだったのだけど、終始淡々とした語り口で退屈な場面も正直多いのだが、時折、大波が訪れるように、大きく心を揺さぶられるシーンが挟み込まれるのがとてもいいのね。俺たちが生きているリアル世界も、実際はそうなのだよね。心揺さぶられるような出来事って、数年に1回か、多くても1年に1回くらいあれば良い方で、普段の生活といえば実に淡々と過ぎていくばかりなのだ。だから、一見淡々としたこの映画にこそ、リアルな説得力が出てくるのだと思う。
 もっとも、リリー・フランキー演じる主人公がこだわる「(物事から)逃げる・逃げない」というキイワード、それが我々の淡々とした日常の、本当の姿なのかもしれないのだけど。つまり、我々はいつも面倒臭がって、たくさんのものから逃げている。だから、日々は淡々と過ぎていく(ように思える)だけなのかもしれない。
 この映画のテーマは夫婦愛だ。しかし、そこには子供や同居家族といった、二人をつなぎ止める第三者は介在しない。ふたりがあくまでもお互いに相手を愛しいと感じる思い、それだけで繋がっているわけで、何とも無防備で心許無い関係性に過ぎない。だからこそ、価値のある繋がりだと言える。それを苦しみながらも、さりげなく育んでいく二人の姿がある。観る者はその不器用さに何だかヒリヒリするような痛々しさを感じるけれど、一方でとても勇気づけられるのだ。相手を想う気持ち、それを信じれば、なんとかなるのかもしれないと。
 この辺の人間同士の繋がり方っていうのは、いかにもゲイである橋口監督らしい視点だなあ、と思う。ゲイは結婚できないし、子供ももてない。お互いを繋ぎとめるものは、相手を想う気持ちだけだから。でもね、実はそれは人間同士の基本的なつながりであって、普遍的なものだと思うのだよね。ゲイであろうとなかろうと、人間は誰かとつながっていないと生きていけない。そのつながり方が、お金であったり血であったりという、やむにやまれぬ理由だとか、手前勝手な打算によるものではなくて、まずは相手を思う気持ち(=愛情)が最初であってほしい。当たり前にそう思っているのだけれど、なかなかそれが出来ないわけで。

 さて、主演のリリー・フランキーさん。予想以上に良かったです。飄々としていて、なかなか感情を表に出さないけれど、実は愛情豊かでユーモアがある、そんな役柄を自然体で見事に表現している。もの静かな雰囲気の何気ないところに、ぞくっとする大人の色気が漂っていて。リリーさんは今まではあまりピンと来なかったのだけど、今回の彼の役柄、個人的にとってもツボだったのよね。俺もこういう大人のオトコを目指したいな、なんて思ってみたりして(無理だけど(笑))。
 題名の「ぐるりのこと」には、ぐるり身の回りのできごと、という意味があるようだけど、それ以外に、ぐるり一回り、という意味もあるような気がするのね。それもただ一回りして元通りではなく、螺旋(らせん)のぐるり。いろいろなことがあって、それを乗り越えて。一回転して元通りになったようでいて、実は少しだけ次元上昇しているというわけ。終盤で木村多江扮する妻が言うセリフ、
人って変われるんだ。」
がそれを象徴しているように思うのね。人ってそんな風に、面倒な毎日を繰り返しながら、少しづつ良いほうに変わっていけるのだ、そう思えたら素敵だよね。  ぐるりっと。