クサナツカシイお話・わたしのトラウマ

 俺が子供の頃、ウチのトイレは「汲み取り式」だったのよね。そう、それは「トイレ」なんて呼べるものではなく、まぎれもない「便所」よね。汲み取り式便所なんて、今の若い人で知っている人はもしかすると少ないかもしれないけど、山小屋なんかに行けば今もほとんどはその方式だし、地方ではまだ結構残っているのかもしれないね。
 あの頃は地方でも東京でもどこの家のトイレも同じような感じだったし、おそらくサザエさんのあの家も間違いなく汲み取り式だろうね(笑)。昔の日本家屋といえば、お便所は「離れ」にあるか、家でも縁側の廊下突き当たりとかにひっそりとあって、何だか暗くて汚い場所だった。お便所とはそもそもそんな場所だったから、昔はトイレのことを「ご不浄(ごふじょう)」と呼ぶ人もいたのよね。俺の小学校六年生当時の担任の先生もその一人で、遠足や何かで集合時に「この中でご不浄(ごふじょう)に行きたい人はいますか〜?」なんて呼びかけてた。聞いた生徒達の方は??の渦で、「え?これから牧場(ぼくじょう)に行くの?」なんてトボケたことを言ってたヤツもいたっけ(笑)。
 そういえば昔はウチの周りによく屎尿処理用のバキュームカーが止まっていて、「作業中」はもの凄いニオイを撒き散らしていたから、下校途中に出くわしたりすると、友達みんなで息を止めながら、わざとバキュームカーの横を通って、誰がイチバンゆっくり平然と通り抜けられたか、なんてことを競って遊んでた。途中で息が続かなくなって、思わずバキュームカーの真横で深呼吸しちゃって、オエッとしながら大笑いしたり、ね。のんきな時代だったよね。
 さて、現代の東京なんかに住んでいると、汲み取り式便所なんてもう滅多にお目にかかる代物ではないから、たまに旅行でそんなトイレに出くわしたりすると、本当にタイヘンなのだ。息を止めて、なるべく下を見ないようにして大急ぎで何とかコトを済ます、みたいな感じね。今思えばよく、家族みんなが毎日あんなトイレにまたがっていたものだよな、なんて思う。「慣れ」っておそろしい。
 和式の便器をまたぐと、足の間にぽっかりと口を開ける不気味な暗闇。その奥からはひんやりとした風とともに、何ともかぐわしい独特の香りがむっと立ち上ってくる。目を凝らすと、暗闇の奥に無数のウジが蠢いていたり・・・。キャー!!それが、あの頃のお便所。なんと、クサくてキモチワルイ空間だったことか!
 ところで、俺の場合なぜか、かつて我が家にあった汲み取り式便所の夢をよく見るのだ。昔の家が出てくる夢はちょくちょく見るけれど、その中でも、お便所の夢がダントツに多い。あるときは、なぜか足元近くまでミドリ色の不気味な液体がせりあがってきたり、足元からにょきにょきと無数のブキミな手が伸びてきて、そのまま不潔な暗闇に引きずり込まれていってしまったり。そんな夢だ。
 子供の頃は気づかなかったけど、俺、昔のウチのお便所がやっぱりとても嫌いだったのかもね。でも、使わずにはおれなかった場所だから、子供ながらずっとガマンしていたのかも。もしかするとこれってトラウマ、なのかしらね。