槇原敬之『Personal Soundtracks』

 このブログでマッキーのことを取り上げるのはどうなのかな〜?と思っていたのだけど、hiroc-fontanaはこの新作がとても気に入ったので、やっぱり紹介させてくださいな。
 まずは、今まで色々あったけど、ある意味ここまで開き直って自分の想いをさらけ出すようになったマッキーに感慨ひとしお。クスリで事件を起こして以来、弱くて身勝手な自分への自戒を込めた「反省文」みたいな曲も多かった槇原クンなのだけど、「世界に一つだけの花」の大ヒットを切っ掛けに、「曲を作ることで人の心を癒すこと」に自分の存在価値を見つけたように見える。とりわけ本作はタイトルからもわかる通り「人生という映画を彩るBGMに」という彼の意気込みが覗える意欲作。ちょっとこっぱずかしいけれど、そんな真摯さがまたマッキーらしいところ。
 オープニングナンバー「Taking the Central Course」。この詞から、俺はもうやられちゃいました。聴きながら不覚にも涙が滲んできて。こんなの、久しぶり。最初にガツンときたのがこのフレーズ。

 どこかに味方がいるなんて
 変な希望は持たないでいよう

 もう「もう恋なんてしない」なんて拗ねている軟弱な男のコはいない。厳しい現実を直視しながらも、槇原クンは更にこんなことを言って勇気づけてくれるのです。

 悪く言われれば平気じゃない
 でもだからこそ その痛みを胸に僕らは
 悪く言わないという生き方を選んでいこう


 祝福されないのは残念だけど
 だからこそ祝福すべきものを
 祝福しながら 生きて行こう
 そのために僕らは出会ったんだ (詞:槇原敬之

 マイノリティーにはもちろん、何か社会で虐げられた経験を持つ人みんなの心に、この作品はきっと響くはず。とりわけゲイ・ピープルは、マッキーがやっとこういう曲を作ってくれたことに、強く勇気づけられるに違いない。
 それ以外にも、片思いのトモダチの後姿を見送る時にだけ自分に素直になれる、と歌う「君の後ろ姿」や、亡き友に語りかける「HEY・・・」、進むべき道へと人を導く季節はずれのホタルのようになりたい、と歌う「Firefly〜僕は生きていく」など、ワカルひとたちには分かる、そんな曲がとても多い。
 こんな槇原クンのウタ世界、ひょっとすると自称・強い人たちからは「同じ傷を舐め合っているだけだ」と嘲笑されるかもしれない。音楽に閉じこもってないでもっと闘え!なんてね。でも俺は、だからこそ今マッキーはこうして我々に向かって歌ってくれているんだと、そんな気もするのだ。

Personal Soundtracks

Personal Soundtracks