のん気なわたしたち

hiroc-fontana2009-01-17

 阪神淡路大震災から早14年なのですね。一面火の海になった長田区だとか、ぶっ倒れた高速道路だとか、ぺちゃんこになった駅だとか、あの朝、臨時ニュースで次々に映し出される映像に衝撃を受けたあの日のことを、いつの間にか忘却の彼方へと追いやっていた私であります。
 そんな私は今日も、神戸での慰霊式典のニュースをテレビで観ながら温かいご飯を食べ、温かい風呂に浸かって十分に心身をリラックスさせたあと、暖房を効かせた部屋でこのブログを書いています。あとは、今日の昼間たっぷりお日様を浴びた布団にもぐって、眠るだけです。
 この恵まれた一日への感謝と、ちょっぴりの罪悪感。
 そう、この罪悪感は、いつも心の片隅にあって、決して消えないのです。
 明日にも、大震災がここ東京に起こるかもしれない。なのに、ただ何となく他人事のように思って、防災用品の準備さえせずに、いつも明日へ先送りしている。6,000人以上の方々が亡くなられたというのに、その教訓を全く生かせない自分であることへの、罪悪感。
 そして、あんなにも沢山の同胞の命が失われたのに、それをどこ吹く風のごとく、いまなお首都に高層ビルを乱立させている、どこまでものんきな日本人のひとりとしての罪悪感、とか。
 いまこの日本に明日の食事や住む場所さえない人々がいるのを横目に、窮屈だけれど十分に豊かな生活をただ享受するだけで、今まで何もしてこれなかった自分であることや、この国のこんな現状を招いてしまった日本人のひとりであることへの罪悪感、だとか。
 やっぱり政治が悪いのだ、とは言いながらも、これは私たちの親の世代やそのまた親の世代から脈々と受け継がれ、形づくられてきた日本の姿なのです。親たちも、その親たちも、いつも私たち日本人はのんきだったに違いありません。真剣に、本当に真剣に、自分達の、そして自分の子供たちの将来について、考えて来なかったのです。きっと。
 そうして今、私は、これでいいのだろうかと自問自答しつつも、暴走機関車のごとく走り続けるこの国の一員としてやはり今日も一見のんきに暮らしながら、その実いつまでも消えない罪悪感を抱えたまま、途方に暮れているのです。
 震災で亡くなられた方々のご冥福をあらためてお祈り申し上げます。