『Path of Independence』平原綾香

 ひらはらさん、ごめんなさい。hiroc-fontana、あなたのこと、ずっと誤解してました。
 アイコ、ミーシャから始まってアイとかミンミとか、ややこしいところではアヤカとか、ヘンな名前ばっかりの「自意識過剰な歌姫たち」に少し辟易してたの。彼女たち、確かにウタはすごく上手いし、曲もイイかもしれない。でもね、「アタシうまいでしょ、でしょ?でしょ?」みたいな自己陶酔型の歌い回しとか、おまけに歌番組でも妙に場馴れしてトークが上手かったりする(図々しい)ところとか、そういうのがガマンできなかった俺なのです。
 ひらはらさん、あなたの出世作「Jupiter」を聴いて、たしかに心動かされた俺なのだけど、当時はやっぱり斜に構えてしまって、結局「クラシックをカバーして勝負なんて、高慢ちきなオンナ!」みたいな感情論であなたのウタを排除してしまっていたのですね。ごめんなさい。
 白状します。「Jupiter」ではあなたのクセの強い歌い方はちょっと苦手だったけど、その延長線上にあったセカンドシングル「明日」を聴いて、その凛として孤独で格調高い世界に、実は完全にノックアウトされていた俺なのです。でも、一度あなたに貼ったレッテル「高慢ちきオンナ」を、どうしても否定したくなかったのですね、きっと。更にその世界を深化させたような「Blessing祝福」も好きだったのに、やっぱり意識して無理やりそこに眼を向けないようにしていたのです。
 でも、ダメでした。先行シングル「ノクターン/カンパニュラの恋」、そしてニュー・アルバム『Path of Independence』を聴いて、hiroc-fontana、いままで隠していた感情がどっと溢れてきてしまいました。
 ひらはらさん、ひらはらさん・・俺、あなたのことを・・・

Path of Independence

Path of Independence

 てなわけで(笑)、このヒトの魅力は何と言っても1曲1曲をとにかく丁寧に歌って、しっかりとウタを聴き手に届けてくれるところ。当初俺が苦手だった、「H」の発音が異常に強いという彼女のクセも、実のところ「言葉を正確に発音して伝える」という歌唱の基本に忠実だから、ということなのだ。じっくり聴いてみるとわかるのだが、彼女の発音は本当にしっかりとしていて美しいし、発声が真っ直ぐで、とても声に音圧があるのね。だからたとえば「ア〜」と伸ばす声であっても途中で消えることなしに、最後の方までグ〜と耳に迫ってくる感じがする。そんなところもまた、ウタに説得力を加えるポイントなのだろうと思う。
 この『Path of Independence』を聴いていて、中年の俺にはどこかとても「懐かしい香り」がしたのね。何でだろう、と考えていてひらめいたのだ。それはね、この声、サウンドがそのまま80年代の洋楽なんだ!ということ。特に財津和夫(80年代セイコつながり!)が作曲している「今・ここ・私」を聴いていて一瞬「シンディ・ローパー?」と思えたのよね(爆)これは全否定するファンが多いだろうけど(笑)。でもね、サウンドだけじゃなくて平原さんの声も、ハスキーに唸るところとか、フェイク気味に歌うところとか、ちりめんビブラートまで、俺には彼女のボーカル・スタイルは完全に洋楽フィールドにあるように思えたのだ。「ノクターン」に至っては、映画「バグダット・カフェ」('87)のアカデミー賞受賞主題歌「コーリング・ユー」と差し替えても使えそうな感じさえするのだ。(ワカル人にはわかるかしら 笑)?
 そう、平原綾香さんが地味ながらも息の長い活動を続けていられるのは、ストレートに届くウタの数々に素直に感動している若者達はもちろん、今の音楽に飽き足らないおじさんたちをも、密かにそのフィールドに引き込んでいるからなのじゃないかしら。俺みたいな、ね。(本人の意外な天然ボケキャラもその魅力のひとつ、とも聴いてはいるけどね(笑))。
 さて、このアルバムはどの曲も素晴らしいのだけど、俺はやっぱりこの曲に惹かれちゃいます。
 「星つむぎの歌」
 (ベストアルバムにも入っているんだけど、このアルバムの中で聴く方が断然イイのよね)