「ブレイク」を考える

 なんと、4月に太田裕美さんの新曲が発売されるようです。タイトルは「初恋」とのことで、きっとシミジミとしたイイ曲に違いないと、タイトルを目にしただけで、期待が膨らんでしまいますう。始まりは“まごころ”だった。作曲は伊勢正三さんですから、おそらくは近年、「なごみーず」として徒党を組んで(笑)活動している伊勢さん・大野真澄さんとのコラボ曲なのかな。デビュー35年にしてこの新曲発表。先には稲垣潤一とのデュエットでセルフ・カバーに挑んだり(「木綿のハンカチーフ」)もして、いまなお新しいチャレンジを続ける裕美さんに拍手!
 太田裕美さんのデビュー曲は「雨だれ」というクラシカルなマイナー・ポップス。ピアノ弾き語りで歌うその清楚な姿は、育ちの良いお嬢様のようでもあり、一方で可愛らしい容姿の裏に深い音楽的素養を感じさせて、そこがとても新鮮だったわけね。所謂ニュー・ミュージック路線。ところがその路線で勝負した彼女の1年目は、数々の新人賞に輝きながらも今ひとつパッとしなかったのだ。2作目「たんぽぽ」、3作目「夕焼け」ともにデビュー曲には遠く及ばない地味なヒットに終わる。そんな彼女の飛躍のきっかけとなったのがデビュー2年目に発表された4作目「木綿のハンカチーフ」。曲調はそれまでのマイナーで大人しいイメージを覆す明るく爽やかなポップスで、ピアノ弾き語りではなくハンドマイク1本で歌う彼女のビジュアル・イメージも一新され、この曲で太田裕美は一躍メジャー・シーンに躍り出る(ブレイクする)ことになる。それは清楚な「(ピアノ弾き語り)アーティスト」からファルセットが魅力の「(美声)アイドル」への変身でもあったわけだ。その後は「最後の一葉」で弾き語りに戻ったり、「九月の雨」では正統派歌謡曲歌手に変身したりと、さまざまな顔を見せてくれたわけだけど、それもこれも「木綿〜」の大成功で裕美さんの存在感と高い音楽性が評価されたがゆえの余技と言っても良いんじゃないかと思う。
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 裕美さんの新曲情報などで、ちょっと前置きが長くなりましたけど、今回のテーマは「ブレイク」。
 昔で言うと例えば小林幸子が「おもいで酒」の大ヒットに至るまで「苦節ウン十年」だとか、石川さゆりさゆりIIIがモモエやジュンコと同時期デビューながら「津軽海峡冬景色」で認められるまでに5年もかかって、ライバルの成功を横目に辛い思いをしました、みたいな浪花節で語られることが多かったハナシが、90年代のメガヒット時代からはいつのまにか「ブレイク」なんていう、かる〜い一言で片付けられるようになっちゃった。
 しかし、たとえコトバは軽くなったとしても、Jポップアーティストの中にも、契約を切られる前のラスト・チャンスであった「楽園」でようやくヒットに恵まれた平井ケンTHE CHANGING SAMEちゃんとか、初期のスーパー・モンキーズ時代はキワモノ扱いに近かったアムロちゃんDANCE TRACKS VOL.1とか、ミスチルスピッツなどいまやビッグ・ネームの中にもブレイクするまでの数年間、泣かず飛ばずの時期を過ごしているアーティストが少なくなくて、やっぱりメジャーに躍り出るということは昔も今も、努力と才能と幸運が重なって初めて許されるものには違いないはずなのだ。
 ところで同じ「ブレイク」でも、いろいろなパターンがある。
 太田裕美さんのようにイメチェンを絡めた勝負曲でブレイクしたパターン、というのはそのひとつの典型ね。ほかにはモモエさんが青い性路線で話題をかっさらった「青い果実」百恵復活とか、演歌からポップスへの路線変更で成功したゴロー「青いリンゴ」、ツッパリ路線で世間をアッといわせた明菜少女A「少女A」、キョンキョンが見事にハジけた「まっ赤な女の子」とかが同類。キャンディーズはその亜流で、フロントのメンバーをスーちゃんからランちゃんへ交代した5作目「年下の男の子」でブレイクのきっかけをつかんだわけね。ゴマキをフィーチャーしたLOVEマシーン「LOVEマシーン」で人気を決定づけたモー娘も同様ね。
 一方、平井ケンちゃんのようにある程度長い低迷期を過ごした人たちは、イメチェンというより佳曲とのめぐり合いとタイミングで、ブレイクを勝ち取ったパターンが多いみたい。石川ひとみ(10作目「まちぶせ」でブレイク)、荻野目洋子(7作目「ダンシング・ヒーロー」)、柏原芳恵(7作目「ハロー・グッバイ」)、森高千里(7作目「17才」)、などなど。ただこのころの人たち(70〜80年代アイドル)に関しては、当時は歌番組全盛時代だったから、テレビの露出でじわじわと知名度がアップしての必然的ブレイク、という感じがしないでもない。平井ケンちゃんに近いパターンで言うと最近の人では歌うたい15 SINGLES BEST 1993~2007 Box set Box set斉藤和義さん、かしらね・・・。でも、斉藤さんってホントーに「ブレイク」してるの?(笑)
 その逆で言うと、古くはピンク・レディーから近年のウタダやジャニ系の大部分のアーティストのように、デビューからブレイクという、プロダクションとレコード会社の莫大なお金をかけてのプロモーションがあってこそのパターンも多いわけで、とくに近年はその「作られたブレイク」のパターンばかりが目に付いて、何だか面白くないわね。やっぱり「おニャン子ブーム」あたりからそれが顕著になってきた印象がある。そうそう、SQUALLセイコさんもナニゲにデビューからCMタイアップたたみかけでの売り込みだったから、このパターンに入るかしらね。
 「ブレイク」という見地から、hiroc-fontana的に面白いな〜と思えるサンプルがあって、それは岩崎ヨシリンと、Boaちゃん。ヨシリンの場合、Weather Report+シングルコレクションデビュー曲「赤と黒」が最高19位のスマッシュ・ヒットのあと、アニメ主題歌「タッチ」のヒットまでの5年間、大ヒットこそないけれど、コンスタントに20位台〜40位台の渋いヒットをチャートに送り込んで、根強い人気を得ていたのよね。そして「タッチ」でやっとこさブレイク?といえばそうでもなくて、同じアニメの主題歌を連続リリースしたあとヨシリン人気は急速にフェード・アウト。妙な形でのブレイクが仇になったパターンね。一方、21世紀に登場したボアちゃんの場合、BEST OF SOULいつブレイクしたの?というのがわからないパターン。いつの間にシーンに登場していて、いつの間に中ヒットを量産している、という不思議。デビュー5年目でチャートトップに立った(16作目「DO THE MOTION」)のだけど、それさえもあまり世間では認知されていないような・・・。そういえば、最近はコウダクーミンもそうだし「ブレイク」のきっかけが何だったか、全体にわかりにくくなっている時代なのかもしれない。
 まあ、これも音楽の嗜好が多様化・分散化してヒット・チャートが示す尺度が必ずしもアーティストの人気とは直結しなくなったという、時代の変化が大きいのかな、なんて思えるのね。そんなことを考えると、太田裕美さんのような2年目の鮮やかな大ブレークというようなハナシは、何だかとても古き良き時代の出来事だったように思えてくるのだ。