ニッポンの、家族〜『歩いても 歩いても』&『トウキョウ・ソナタ』

 俺には家族がいないのだけどね。ここまでくるともう、「人生の伴侶」とか「未来への命の継承」とか、そういう「人生訓」のようなものに囚われて、それが全う出来ない自分を蔑んだりする段階はとっくに過ぎてしまってね。会話のない夫婦生活とか、反抗期を迎えた子供とか、家族を持つがゆえの煩わしさ、それしか想像できない自分だったりする。
 ただ、今回観賞した2本の日本映画は、こんなに厳しい時代だけれども「家族は続いていくものなのだ」ということを、いささか他人事ではあるけれど、感じさせてくれるものだった。

 これは、現代版『東京物語』(小津監督作品)のように思えた。丁度お盆のころ、長男の命日に老親の住む家に集まった長女・次男家族と老いた両親たちとの何気ない二日間の様子を丹念に描いた作品。監督は『誰も知らない』の是枝裕和
 久しぶりに実家に帰ったときの、あの、懐かしいけれど手持ち無沙汰で所在ない感じ。両親とも取り立てて話すこともなくて、でも一緒にそこに居る・時間を共にしているというそれだけで、何だかすぐに昔の気持ちに戻ってしまえる不思議さとか。家族の好きだったところも嫌いだったところも、あっという間に再生されてしまう、あの感じとか。
 それらが実に緻密に描かれていて、何だかむずがゆくて、でも、ゆったりと流れる時間の中で、笑い、しんみりし、温かい気持ちになっている自分がいた。
 タイトルは、昭和歌謡ファン、あるいは筒美京平ファンならすぐにピンとくるであろう、いしだあゆみのアノ大ヒット曲からとられたもの。劇中で古いステレオから流れる「ブルーライト・ヨコハマ」が、ナツメロ番組を食い入るように見ていた俺の両親の姿とオーバーラップして、何だかとても切なかった。もうそれだけで、この映画の時間軸がぐんと深まった感じ。うまいと思った。
 老いた両親を演じた樹木希林原田芳雄は文句なく素晴らしかったし、40を越えて子持ちの女(夏川結衣)と結婚した次男役の阿部寛も、ナイーブな味わいで好演。もはや是枝ファミリーのYOUは、本人のキャラクターと劇中の役柄がシンクロしたかのような自然な演技で、母親譲りの陽性な長女を演じている。それら芸達者な俳優達の自然なからみは、深い血のつながりと長い年月の経過さえ見事に表現し得ていて、そこが素晴らしいと思った。
 陽性な長女家族は慌しく日帰りで自宅に戻り、父親譲りで寡黙な次男夫婦が老親宅に一泊する。阿部ちゃん演じる次男家族は、古い「おばあちゃん家」に泊まることで初めて親子一緒に風呂に入り、狭い客間に布団を並べて寝て、それまでより一歩絆を深めて、自分の家に戻っていくのだ。
 かつて寝食ともにして育った子供たちは、そうやって、自分たちなりにそれぞれ「家族というもの」を確立して、枝分かれをしていく。もう、古き良きあの頃とは形は違うのだけど、やっぱりそれは日本の家族であって、親から確実に何かを受け継いでいるのだろう。そんな余韻を残しているのが、良かった。
 久しぶりに田舎に帰りたいな〜と考えているアナタにオススメ。

トウキョウソナタ [DVD]

トウキョウソナタ [DVD]

 こちらは黒澤清監督による、やや奇想天外な家族像。
 近未来的にデフォルメされた東京の風景と、主演の香川照之小泉今日子の的確な演技の印象が強すぎて、映画としてはややそこに頼りすぎている感が拭えない。ちょっと唐突な展開が多くて、観客がついていけない部分があったかも(途中、強盗役で役所広司が出てくるのだけど、何で彼が出てきたのかわからないまま、役所の大上段に構えた大袈裟な演技に振り回される感じで、辟易・・・)。まあ、好みの問題かもしれないけどね。
 テーマは、家族の崩壊と再生。父親、母親、子供それぞれが抱いている家族像のズレ、それがじわじわと表に現れて来て、抑えられなくなった瞬間の衝撃。しかし、それを乗り越えて再生へ向かうには、家族というシステムへの強い「思慕」、それしかないのではないか。そしてそれがあるから、何とか家族は続いていくのだ、ということ。
 ちょっと甘い気もするけれど、この映画はそんな方向で収束していく。
 エンディング近くで、香川・小泉の次男役の少年が音楽学校の入学試験で弾く、ドビュッシーピアノ曲「月の光」がとにかく美しくて、それだけでこの映画のすべてを綺麗にまとめちゃうところが、何だか姑息な感じもしたけれど、これが観賞後の爽快感をもたらしてくれたのも確か。
 ちょっとシュールなホームドラマが好きな人、または家族は鬱陶しいけどやっぱり一人はイヤ、なんて思っている人にはオススメ、かも。