「春おぼろ」岩崎宏美

hiroc-fontana2010-02-11

 今回は、岩崎のヒロミさん。このヒトのことは何度か取り上げてはいるのだけど、1曲ピックアップのレビューは初めてかしら。
 「春おぼろ」は1979年2月5日発売、16枚目のシングル。作詞:山上路夫、作・編曲:筒美京平。当時岩崎宏美さんは間もなくデビュー5年目を迎えようとしていた。ニュー・ミュージック全盛期、アイドル氷河期と言われたこの時期、宏美さんも例外ではなくて、前年の78年に発表したシングルは2月発売の「二十才前」こそ最高位10位に食い込んだものの、その後の「あざやかな場面」最高位14位、「シンデレラ・ハネムーン」13位、「さよならの挽歌」13位とトップテン入りを逃しているのね。売上げも軒並み10万枚台前半と苦戦。「シンデレラ〜」なんて、もっと売れた印象があるのだけど、あれはコロッケのものまねのお陰なのかしら(笑)。
 そんなカンジで迎えた1979年のファースト・シングルがこの「春おぼろ」。筒美センセイがそれまでの彼女に提供してきたディスコ・洋楽路線から少し方向転換して、かなりドメスティックなマイナー・フォーク路線。この路線変更には、稀代の作曲家・筒美京平氏をとりまく当時の状況も関係しているように思われるフシがあるので、ちょっとその辺のハナシを。
 筒美京平センセイにとっても環境変化が訪れていた、1979年。それはニュー・ミュージック・ブームを受けて、それまで筒美さんが手がけてきた主力歌手たち、「太田・岩崎・郷の“3ヒロミ”+ゴロー」が、従来の路線のままでは売上げ保てなくなってきたことが大きいように思うのね。フォークの太田裕美、ディスコの岩崎宏美、ソウルの郷ひろみAORの野口ゴロー、というのがそれぞれ彼らに筒美センセイが与えた主たる路線だったのだけど、新しく出てきたニュー・ミュージックのムーブメントには、それらの要素がすべて含まれていたのよね。それもみんな、自作自演でやっちゃう。だから、内容的にはそれほど斬新ではなくとも、新しく出てきたニュー・ミュージック系シンガーの方が、同じことをしていてもカッコよく新鮮に見えたのね。で、結局は、従来から筒美センセイの手によって多種のジャンルを歌ってきたにもかかわらず、従来型アイドルたちは急激にその後の方向性を失って、衰退してしまったのよね。それが、1978年〜79年頃の、あの時代。
 実際、1979年の筒美京平氏は、ジュディ・オング「魅せられて」、桑名正博「セクシャル・バイオレットNo.1」という2曲の大ヒット(いずれもタイアップもの)を飛ばすのだけど、その他はほとんど目立つヒット曲が無くて、歌謡曲の作曲家として、岐路に立たされていたことは間違いない。(ご存知のとおり、80年代に入って再びアイドル黄金期がやってきて、筒美センセイも黄金期を迎えるのだけど。)
 そんな折リリースされた「春おぼろ」のフォーク路線、というのは、同時期に横を眺めれば、あの野口ゴローちゃんも筒美センセイから「送春曲」(79年1月発売)というフォーク演歌の提供を受けていて、あの太田裕美さんにさえ同時期に「雪待夜」というマイナーなフォーク演歌が筒美作品として用意されていたというから、その偶然に驚いてしまう(もっとも、太田のヒロミさんの場合は、あまりにイメージにそぐわないということでお蔵入りになったという)。このことがつまり、“ニュー・ミュージック旋風に対抗するには相手の懐に飛び込んで、そのルーツともいうべき古めかしいフォークで勝負するのがイチバンだ!”と当時の筒美センセイが考えていたから、とするなら面白いと思うのだ。(でもやっぱり単なる偶然かしらね。笑)
 さて、「春おぼろ」の魅力は何といってもイントロのギターだと思う。ワタシも当時このフレーズ、慣れない指を腫らしながら、親に買ってもらったギターで一生懸命練習したっけ。あとは間奏に“ゾゾゾ〜”という感じで入る低音ストリングスも聴き所。フォーク調ながら非常に凝ったアレンジです。ヒロミさんの適度に力を抜いた歌声も、逆に情感がこもっていて最高です。筒美さんのメロディーは、16部音符中心の細かいフレーズが多くて、まるで語りかけるような、フォークソングの王道を行っているのだけど、サビあとの「♪駅の灯が うるんでる」での、上下にはげしく飛ぶメロディーのセンスがギリギリ「ポップス」に踏みとどまっている感じがして、ここが筒美センセーのプライドのようにも思えるのね。
 結果、この曲はチャートでは大健闘して、最高位15位ながらロングヒット、「シンデレラ〜」を越える15万枚以上の売上げとなった。名曲ですものね、当然かも。
 その後の宏美さんは同年の秋に「万華鏡」が待望の大ヒット、それ以降も81年には「すみれ色の涙」、82年「聖母たちのララバイ」、83年「家路」と1年毎にきっちり大ヒットを飛ばして、アダルト・ポップス・シンガーとしての地位を固めていったわけで。。。めでたし、めでたし。