チェリー 〜独り者の昼下がり〜

 土曜。朝から冷たい雨。もう夜が明けて随分経つだろうに、薄暗い。
 誰も起こしてくれない。当たり前だ。俺は独りだもの。今日はウイークリーでセットされているケータイの目覚ましアラームも、鳴らない。
 モソッと起きて、一週間の疲れが抜けきっていない重い身体を引きずって洗面台に向かう。ヒゲは剃らない。顔を洗うだけ。誰にも会う予定がないし。
 コーヒーメーカーに、濾紙とコーヒーの粉、一人ぶんをセット。
 ボーっとテレビを観る。人畜無害なタレントたちばかりが並んでいる。無感動。ただ流れていく時間。
 いつの間に昼近い時間だ。そういえばお腹空いたな。ラーメンでも食べよう。(もちろん作るのは面倒だから、外に食べに行くのだ。)
 そして俺はカーゴパンツに足を通し、ジャンバーを引っ掛け、3月にしては冷たい外気に震えながら、雨の中傘を差して近所のラーメン屋に出かけたのだ。
 ラーメン屋に入ると、先客は3名。男性ばかり。打ち合わせでもしたようにカウンター席の椅子にひとつ置きに座って、思い思いの昼食を始めていた。
 俺は一番奥の席に座って、即座にラーメン(1杯390円)を頼む。
 店の中には大きめの音量で流れる有線放送、そしてカウンター内で主人が俺のラーメンを作る音だけ。話し声はない。当たり前だ。知らない者同士だもの。
 そして程なく俺の前にラーメンが出される。「ヘイおまち。」
 俺はツルツルとラーメンをすすり、回りの男たちも引き続き黙々と自分の料理を食べ続けている。カウンター内の主人は、俺のラーメンを作ったあと、次の客はいないので奥の部屋に引っ込んでしまった。
 雨の土曜日の昼下がり。無言で昼食を食べる、4人の男。
 店の中に流れる有線放送の音が、やけに大きい。そこに流れてきた、あの曲。
 ♪君を忘れない 曲がりくねった道を行く きっと想像した以上に騒がしい未来が 僕を待ってる 
 あ、スピッツの「チェリー」。懐かしいな〜。
 何だかあの頃の想い出が溢れてきて、俺はふと、麺を掬うレンゲを置いた。気のせいかもしれないけれど、カウンターにいた隣の中年男性も、心なしかハシを口に運ぶ動きがゆっくりになったように思えた。
 見ず知らずの男がラーメン屋で、無言で同じ音楽を聴いて感動している・・・みたいな何ともフシギな空気がそこに、あった(ような気がした)。
 
 統計によると、東京の一世帯ごとの平均人数が初めて、2人を割った(下回った)とのことだ。つまり、一人暮らしが溢れている、この街。
 俺はそんな東京にいま、住んでいるのだ。