メモランダム2016.12.17

  • 何があったにせよ

 俳優の成宮さんの薬物疑惑、そして突然の引退表明・・・。
 直筆のメッセージでは心の動揺もあってか、ハッキリとしない部分があるにせよ、「引退」という結末を選んだことで、ゲイであることも、薬物を常用していたことも、認めてしまったことになるのでしょうね。
 仕事場では「真面目な苦労人」として振る舞い、仕事仲間からの評判も決して悪くなく、着実に俳優としてキャリアを積んできたところにいきなり、それを覆すようなプライベートの部分を、信用していた仲間から暴露されてしまったショック、その心理的ダメージは、想像に難くない。
 でもね。やっぱりちょっと腑に落ちないのです。
 引退メッセージには、禁止薬物を使っていた(かもしれない)という事(こと)の重大性については否定も説明もお詫びもなく、ただ「仲間からの裏切り」という被害者的側面ばかりを強調し過ぎているように思えてしまうのです。
 精神的な未熟さが露呈していますね。
 ゲイであるわが身を振り返ると、その辺りもどこか身につまされる気がしてしまうところも、残念でなりません。
 


 傑作!との呼び声が高い本作、観てきました。
 漫画家、こうの史代さん原作ということで、私はこうのさんの作品では2004年に出た「夕凪の街 桜の国夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)という漫画本をずっと前に買って読んでいまして、その淡いながらも、じわじわと胸を締め付ける切なさが大好きで、今回の映画も楽しみにしていたんです。
 期待に違わぬ素晴らしい映画でした。絵の美しさでは先の「君の名は。」も素敵でしたけど、こちらの「世界の片隅」の方は、まさに水彩画・日本画的な、儚い美しさ。日本人の心の原風景でもある戦前の自然あふれる風景を見事に再現していて、一見淡々と進んで行くストーリーだからこそ、この穏やかな淡い風景の中に主人公と一緒に自分も溶け込んでいくような、そんな錯覚さえ覚えました。

 舞台は、昭和20年前後の広島。日本が戦争にのめり込み、そして敗戦を迎えるころまでの時代を、主人公・すずという平凡な女性を通じて描きます。すずさんは、少しのんびりした性格で、絵を描くのが大好き。映画の中では、彼女の目を通して、瀬戸内の海に立つ白波が跳ねる白ウサギになったり、呉が軍港ゆえに何度となく襲われる空襲では、青い空に現れては消える白い爆煙が、まるで画用紙に落とした絵具の滴のように描かれたり、はたまた主人公が悲しくも時限爆弾の爆発に遭って大けがを負う場面では、無音の暗闇に白チョークのパラパラ漫画のような絵が続く・・・といった感じで、暗い時代背景でありながら、主人公の純粋な心の目を通して、全編がイマジネーション豊かな世界観に彩られている気がします。
 そして、特筆すべきはやはり、主人公すずの声を演じた、のん(能年玲奈)。あの、とぼけたような話し方がのんびりとした性格のすずさんに活き活きと命を与え、健気さと独特のユーモアを感じさせて、人物像に深みを加えています。それがゆえに淡々した印象のこの物語が、市井の人々が健気に懸命に生きて行くということの背景に横たわる、何とも言えぬ“切なさ”を強く感じさせるものになっているような気がするのです。この映画が傑作になったのは、彼女の声があってこそ。そう言っても過言ではありません。
 淡々と生きる主人公・すずは、10代で言われるままに何の疑問もなく嫁入りし、気が付けば夫を愛している自分に気付くのです。そんな彼女の人生のある時期、戦争が始まり、空襲が酷くなって身のまわりから物が無くなり、彼女自身も大けがを負い、心も大きく傷つき、でもいつしか戦争も終わって、港に沈む軍艦を横目に、また闇市に買い物に出る彼女がいるのです。そして街は廃墟になりますが、すずが住む、丘の中腹の家の周りには戦争前と変わらない、のどかな田園風景が広がっている・・・。
 たとえ大きな力によって人生を歪められることがあるとしても、それでも人は健気に生きて行くのです。小さな、楽しいこと、嬉しいこと、自分にとって素敵なことを探しながら、それぞれの心に小さな希望の灯をともして。それで、いいのですよね。最後はそんなシンプルなメッセージが、心に響いてきました。
 いい映画でした。