岩崎宏美『Natural』

 以前、ジャズ・シンガー笠井紀美子のライブをひょんなことで体験して、それがあまりに素晴らしかったので、その足で彼女のレコードを買って家に帰って聴いたら、ちっとも良くなくてがっかりしたことがある。
 ライブで素晴らしいシンガーが、必ずしもスタジオ録音でも同じ魅力を発揮できるわけではない、ということを知った初めての経験だった。
 この岩崎さんの最新作(といっても2006年2月発売なのだが)を聴いた最初の印象も、かつて笠井紀美子のレコードを聴いたときと同じような印象だった。なんだか、物足りないという・・・。
 それは、その人の本当の実力を知っているからこその、リスナーによる勝手な「期待値」なのかもしれない。
 しかし一方で、笠井さんにしろ岩崎さんにしろ本当に実力のあるシンガーがその魅力の本領発揮できる場所は、聴衆を前にしたライブ会場であり、狭く密閉されたレコーディングスタジオの中ではないのかもしれない、そんな気もするのだ。つまり彼女たちは、リスナーを前にして、彼らとの生の呼吸の中において、歌に込められたメッセージや感情を伝える「媒介者」としてこそ、真の実力を発揮できる人たちなのではないか、と。だから、レコーディングスタッフや無機質な録音機材を前にしたスタジオ録音盤では、その力が十分に発揮できない・・・。心の在り処が違うから、発声法からボーカルのニュアンスまで何もかも変わってしまうという感じね。
 とはいえこのアルバム『Natural』、タイトルどおり自然に肩の力が抜けるようなさらっと聴ける作品に仕上がっている一方、聴けば聴くほどに味わい深くなる印象があるのも確かで、やっぱり彼女は「巧い」ことには変わりない。
 奇しくも同じ2006年に22年ぶりのアルバムを発表したライバル、もう一人のヒロミ(太田裕美)さん、彼女の場合はボーカルテクニック云々より、その特徴ある声と独特の表現力で、作品ひとつひとつを彼女のものとして「引き寄せる」感じだったのに対して、方や岩崎さんの場合は、あくまでもそこにある作品に「近づいて拾い上げて」いる感じがするのね。ボーカル・テクニックは相変わらず凄いけれど、あくまでも作品に寄り添っていく感じ。彼女のそんなさりげないスタンスが、作品を大人しい印象にしてしまっているもうひとつの理由かもしれない。
 そんなこのアルバムの中で、とても耳に残る1曲が「友達の詩」だ。あの中村中のカバー作品。今年1月に放映された「ミュージックフェア21」でも中村本人、太田裕美との豪華競演で披露された。ここでは「聖母たちの〜」に匹敵するような濃厚すぎるくらいの感情表現が聴かれるが、宏美さんの声自体は抑え気味で、そのオトナのバランスが絶妙だ。ある意味、この位青臭くて強烈なアクを持った曲でないと、今の宏美さんにはインパクトを与えられないのかもしれない。そういった意味では唐突に中島みゆき作品(「ただ・愛のためにだけ」)が用意されたというのは、彼女にとっては当然の流れであったのかもしれない。今後もこの路線に期待したいところだ。

Natural

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