これこそオンリー・ワン「しあわせ未満/初恋ノスタルジー」


 久しぶりの太田さんエントリーです。
 1977年1月21日発売。あの「木綿」の翌春にヒットした曲ですね。オリコン最高位4位、売上げ枚数は31万枚。
 太田裕美さんの代表曲と言えば何といっても「木綿のハンカチーフ」であり、その他には「九月の雨」だとかデビュー曲の「雨だれ」あたりが挙げられることが多いのだけど、俺としてはこの「しあわせ未満」こそが太田裕美の代表曲、だと勝手に思っているのだ。
 まず、声がいい。何といっても裕美さん本人が「この時は喉の調子が絶好調で、レコーディング4回くらいでOKが出てしまって、もっと歌いたいってスタッフに訴えても、OKはOKだからダメだって言われた」とコメントで振り返っているくらいで、実際に聴いても、地声部分とファルセットの区別がまったくつかないほどに低音から高音まで彼女独特の美声がなめらかに鳴り響いている感じがして、実に見事だ。
 そしてもちろん、筒美京平先生のメロディーも素晴らしい。松本(隆)氏による、四畳半フォーク的なちょっぴり湿りがちな貧乏クサイ(笑)詞にぴったり呼応していて、メジャー調の中にマイナーコードを絶妙に盛り込んで、曲に独特の哀愁を漂わせている。 そう、「しあわせ未満」は言うなれば詞もメロディーも、完全に吉田拓郎的世界。なのにそれが全く、典型的なフォークソングにありがちな泥臭いぬかるみに嵌り込んでいないのだ。そこがイイ。まずメロディーを見てみると、Bm→D→Bm→Dと進むシンプルなコード進行のようでいて、中盤「♪ついているヤツ いないヤツ」の「ヤツ」の部分にディミニッシュ・コード、「♪ぼくの心の/あばらやに住む/きみが哀しい」の「哀しい」の部分には突然Bbのコードが登場していて、それが絶妙なカンジでミステリアスなムードを醸し出すのよね。まるで主人公の「しあわせ未満」な若い男性の混沌とした心象風景を表しているかのようで、ここがこの曲のキモといえる。また、アレンジを担当した萩田光雄氏の洗練された感覚も冴え渡っていて、全面にフィーチャーされたアコースティックギターの乾いた響きが、放っておけば重くなりそうなこの曲にポップさと軽さを与えている。
 詞の方は、当時太田さんシングルとしては初のすべて男言葉による歌詞。(その後「振り向けばイエスタディ」「南風」「君と歩いた青春」がある。)おそらく、舌足らずでありながらも声そのものはクラシック育ちの上品さを漂わせる太田裕美という素材を計算した上で作られたこの「しあわせ未満」の世界は、スタッフ側としてはこのあたりで太田裕美という歌手を本当の意味での「ニュー・ミュージック歌手」として位置づけようという意図があったのかもしれない。
 サビの「はにかみやっさ〜ん!」なんて、一歩間違えばコミックソングなのに(笑)、メロディーと詞の絶妙なマッチング、そして絶好調な太田裕美さんの「高値」感のある声、それに加えハイセンスな萩田氏のアレンジによって、フォークでも歌謡曲でもない、どこか懐かしくて新鮮な、オンリー・ワンの世界がそこに奇跡的に出来上がっているように思うのよね。だからこそ、太田裕美でしか作り上げられないこの曲こそが、太田裕美の代表曲だと思う俺なのだ。
 さて、カップリングの「初恋ノスタルジー」は、同じスタッフながらこちらは典型的なマイナー歌謡曲の世界。松本氏の詞世界は「♪想い出は想い出は遠きにありて」と、ノスタルジックな文語調で、少し古めかしい(俺、この世界ちょっと苦手)。でも、太田裕美さんの声はこちらも「しあわせ未満」と同時期とあって、超超がつくくらいの絶好調で、“今日の裕美、ファルセットがよく出て響いて響いてしょうがないの”とでも言うような“歌うことの嬉しさ”が伝わってくる太田裕美史上最高とも言える名唱なのだ。それだけでも一聴の価値アリ。この年の後半には喉を痛めて、その後この時期のような美声は二度と戻らない太田さんだけに、余計にこの歌唱は貴重だったりもするのだ。
 コマーシャリズムに乗った、いわゆる「ヒット歌手」が、その歌唱のみで聴く者をここまで魅了できるのだ、という稀有なサンプルと言えるかもしれない。「初恋ノスタルジー」もその意味では太田裕美さんのキャリアの中では特筆すべき1曲なのであり、実はこの2曲のカップリング、とてもゼイタクなのです。

  • 「しあわせ未満」〜サウンドのみ・イメージ

  • 「初恋ノスタルジー


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