メモランダム2018.2.12

  • 騒然。爆死。非難殺到

 誰かがテレビで爆弾発言したら。。。「騒然
 ○ジテレビドラマの視聴率が一桁だったら。。。「爆死
 お騒がせタレントが勘違いSNSをアップしたら。。。「非難殺到
 最近のネット記事のタイトルで良く見かける単語。これらを目にするたび、何だかイヤな気持ちになるのは、私だけでしょうか?
 何故、イヤな気持ちになるのか?その理由を考えてみたのですが、これらの単語を使った記事にはどこか故意の“悪意・イジワルさ”が込められているにも関わらず、記事を書いた記者個人の意図ではなく、あくまでもその他大勢の“大意”を取り上げたかのような「無責任さ」が感じられるからだ、ということに気が付きました。
 これらの記事の多くは、タイトルのインパクトは裏腹に、ツイッターやネット上で無名の“イッパン人”が記したカゲキな意見をあたかも多数意見のように取り上げただけの、薄っぺらな内容ばかりだからです。
 誰かを批判したり何らかの作品を批評したものを、マスメディアであるネット記事として上げるのであるなら、少なくともその内容と、記事にすることが及ぼす影響に自ら責任をもって、署名付きでアップしていただきたい。マスコミの方にそうお願いしたいと思っているこのごろ。
 

  • コイズミ主義

 出ました。キョンキョンの堂々とした、不倫宣言。彼女自身、すでに大物ですし、これまでの首尾一貫したマイペースぶりを思えば、全く違和感の無い行動ですね。不倫ネタではなぜか女性ばかりが叩かれるゲイノー界の不可解さも、発言力あるキョンキョンの“嘘のない”不倫宣言で、ようやく一段落となるか?なんて思ったのですけど、やっぱりワイドショーの女性コメンテーターたちを中心に、批判が後を絶たないようですね。まあ、主婦たちが視聴の中心層ですから、そっち側の発言をしないといけないんでしょうけどね。
 不倫する人も、それを批判する人も、それを取り上げるワイドショーや雑誌がどうしても気になって見てしまうワタシも。いずれにせよ、懲りない私たち!ですよね。
 ちょっと前に同じ“ゲス行為”で騒がれたケン渡辺さんは、早くも(何事もなかったように)大河ドラマにお出になって、迫力ある名演で評価されていたりするわけですからね。いいかげん、終わりにできないものですかね、こうした騒ぎ。

小泉放談 (宝島社文庫)

小泉放談 (宝島社文庫)

 
 

  • まさかの、復活 

 復活というより、もしかすると墓場から蘇ったゾ○ビ?みたいな(苦笑)。それくらいのインパクトです。
 2月25日でデビュー45周年を迎える桜田淳子さん、まさかの新録による新譜発売です。
 〜「桜田淳子45周年記念ニューアルバム 全曲新録音『MY IDOROGY』(購入特典:イベント優先予約券)」→詳細はこちら
 40周年記念盤では選曲から曲解説、ブックレットでの対談と、変わらぬサービス精神とエンターテインメントへの情熱を示してくれていた淳子さん。今回はなんと、自主製作ながらとうとう35年ぶりにレコーディングまでしてしまったわけで、これは本当にスゴイことですよね。
 ただ、ゲイノー界を去った経緯が曰く付きだっただけに、今回もこれだけのニュースなのにどこかマスコミはスルー気味なのが残念なところです。百恵さんの復活だったらきっと大騒ぎでしょうに・・・(涙)。
 そんな、少し可哀想な淳子さんではありますが、全盛期の彼女のパフォーマンスの素晴らしさはそんなことで輝きを失うはずもなく。ここで改めて味わってみましょう。
 祝!45周年!


意外に(苦笑)声にも張りがあって、良く出ていますよね。
そしてこれ・・・。懐かしい〜。

“ピッ”のたのしみ

 年が改まったのを機にスマホの機種変更をしました。変更前のスマホは5年前のモデルだったので、世間では同種のスマホでもいつの間に世代が5世代分も進化していたりしたわけですが、ワタシはもともと物持ちが良い性質で、特に身のまわり品に関しては使い込むうちにどんどん愛着を覚えてしまって、壊れない限りは永遠に使い続けてしまったりするタイプなのです。(物持ちがいいとは言っても、こと“オ●コ”に関してだけはちょっと違うかも知れませんけどね・・・フフフ。)【Amazon.co.jp 限定】BLU(ブルー)GRAND M SIMフリースマートフォン ブラック  【日本正規代理店品】 G070J/BLA-38
 今回5年使ったスマホは、「電池の急激な劣化」や「うっかりトイレに沈没」(←どちらもワタシの経験談。苦笑)などという不幸にたまたま巡り会わなかったこともあって、いくら機種が時代遅れだとしても何ら不自由さを感じずに、いつの間に5年も経過していた、という感じでした。
 そんなふうにすっかり“手に馴染んだ”スマホを手放す気持ちに変わったのは、新年を迎えて文字通り心機一転してみたかったこともありますが、実は昨年の海外旅行の際、写真を撮るたびに大袈裟な「カシャッ!!」というシャッター音が出るのがとても恥ずかしかったのと(消音アプリもあるそうですけどね)、何よりスマホカメラの性能そのものがどうやら、随分と時代遅れになっている気がしたからです。というのは、新世代スマホで写真を撮った友人から送ってもらった写真が、いざパソコンに落として見てみたら、自分の撮った写真とは色鮮やかさの面で全く違っていたから。
 そう、もはや“スマホ”は“カメラ”なのですよね。だから、ケータイとしては不満はなくともカメラとしてはもう取り換え時なのかも、と。そう思えてしまったのです。
 五十路で人生のカウントダウン期に足を踏み入れているとはいえ、まだたくさん旅行もしたい、美味しいものも食べたい、そんな独身中年ゲイとしては、記憶力がどんどん衰えていきつつあるいま、カメラは必需品というわけですね(笑)。
 それでいざ、機種変更してみたら、カメラだけでなくスマホ自体の進化をひしひしと感じたのです。
 実は以前のスマホでもソフトウェアのアップデートをかけたら突然、起動ボタンに「指紋認証」機能が付加されてしまってビックリしたのですが(5年前のスマホにさえ知らぬ間にそんな機能が仕込まれていたことに“恐ろしさ”さえ感じたワタシ・・・)、新しいスマホの機能でつくづく便利だな、と思ったのはおサイフ機能なんです。すっかり北欧かぶれのワタシとしては(苦笑)、先日のスウェーデン旅行でキャッシュを使わないお買い物の便利さを身に染みて感じたりしましたので、日本に帰ってから「現金払い」はいざとなると面倒臭いものなのだな〜、なんて感じていたところでした。
 それが、新しいスマホではプリペイドカードを登録して(それも、カードをカメラに写し込むだけで登録完了してしまうという、便利なようでいて少しコワイ機能つき)、あとはコンビニやスーパーのレジに備え付けのリーダーに、アプリで指紋認証したスマホをかざして“ピッ”とやれば、お財布代わりに使えるようになってしまったわけです。この東京で、ほとんどのコンビニのレジにそんな機器が既に普及していたことさえ、知らなかったワタシ。それでも今は、レジで小銭を探すこともなくケータイを“ピッ”とかざすだけ。その行為だけで何だか自分自身がバージョンアップして“進化”したような、アゲアゲな気持ちになっているという・・・なんとも単純ですよね。既に使っている人からすれば何を今さら、なんですけどね。
 こうして世の中、知らぬ間にどんどん進歩しているわけです。五十路のワタシは完全に周回遅れですけれど、面倒がらずにこうして何とか世の流れに食らいついて、その便利さを享受していかないと「損」なのかも知れないナ、なんて改めて思っているところです。

血の縁(えにし)

 歳を重ねるごとに「血の繋がり」の強さというものを感じるようになってきた。
 
 ワタシ、小学生の卒業アルバムで将来なりたい職業として「しゃべる仕事」と書いたの。それを見て、家族の大人たちは、笑ってこう言ったのだ。
 「何にもしゃべらないこの子がしゃべる仕事に就きたいなんて、どういうつもりなのだろうか(不思議だ)」とね。今でいうとプチ虐待?いいえ、違う。自分でも、そう言われて当然と思っていたから。
 
 そう、子供の頃からワタシは口が重い性質(たち)で、人見知りが酷いばかりでなく、親にもなかなか本音を言わないような子だった。その一方で、なぜか人前に立って何かを発表するときだけは、スラスラと言葉が出てくることが自分でも不思議だったのよね。だから、教師からは決まって「大人しい子」だという評価を受けながらも、学校行事では何かを発表したりする場合だけなぜか、生徒代表として選ばれたりしたのだ。そして、それを褒められたりもしたから、「しゃべる仕事」を夢見ていたのかも知れないと、今はそう思う。
 成人して就職してからも、引っ込み思案な性格はなかなか治らなかったけれど、やはりなぜか会議やイベントの司会を頼まれることが少なくなくて、やはりそれが不思議だった。
 
 このお正月、いま90歳近い叔父の話が出て、その叔父が以前、地方局でラジオのDJをしていたことを姉から初めて聞いて「そうだったのか」と腑に落ちた。「しゃべる仕事」のルーツはそこ??もしかして、血がワタシを動かしていたのだな、とね。
 そのうえその叔父、放浪癖があって、今の奥さん(ワタシの叔母)と結婚する前はあちこちを放浪して色恋沙汰も数知れず、おまけに結婚してからさえフラッとどこかへ旅に出てしまい、行方不明になったことがあったとの話。
 うわ、ワタシ、叔父さんに思いきりシンパシー。もしかしたらとても似ている!
 
 以前、別の叔父から、我が家の家系で昔、歌舞伎か何かの批評を書いていた人がいた、という話を聞いたことがあった。そんなことも思い出して。このブログでうだうだと書き連ねていることにも何となくそこに繋がりを感じたりして。結局、自分が興味を持ったり得意にしていることって、もしかすると全部「血」の仕業かもしれない、そんな風に思えてきてね。
 考えてみればもともと好きでなければ、何かに一生懸命に取り組むなんてことは難しいし、得意なことだからずっと続けられるわけだし。
 でも、なぜ、それが好きで得意なのか?それは自分では説明できない事であり。
 つまり、その答えが、「血」なのかもしれない。と。
 
 そんなワタシ、50を超えてから急に普段でも誰彼構わずフツーに冗談交えた会話が出来るようになってきていて、自分にもこんな一面があるのかと、最初は驚いたりもしたのだけど、実はこれ、客観的に見てみると晩年の父親にそっくりなのよね。どんな人にもテキトーに合わせてお話しして、一見社交的に見えなくもないけれども実は、誰にも心を開いていないという・・・。どんどん似てきているんです、父に。記憶の中の父親の年齢に自分が到達してからは、特にね・・。
 
 ですからね。自分には何も取り柄が無い、なんて嘆いている若者たちも、自分が生まれるまでに数多いらした先祖の皆様の多様性を考えれば、確実に「血として受け継がれている何か」があるはずなので、ある意味、期待半分、一方では動かしがたい宿命のようなものとして諦め半分で、その「何か」に賭けてみるのも良いのではないかと思ったのよね。それを恨むべきものではなくて、感謝すべきものとして、ね。
 
 ちなみに我が家系は「お妾さん」が非常に多かったこともわかっておりまして、浮気症の遺伝子は確実にワタシ、受け継いでいるようです。。残念ながら(苦笑)。

謹賀新年


明けましておめでとうございます。
2018年を迎えました。21世紀になってもう18年なんて、信じられません!
 
2004年以来続けてきたこのブログも、15年目を迎えました。
Facebookツイッター、インスタに目もくれずに15年・・・と言いたいところですが、もはや何が何だか、ついてゆけない状態となって、はてなブログに取り残されたまま、15年目です。
私自身、すっかり筆不精になってしまいまして、もはやブロガーとしては失格でございます。
 
15年。環境変化はもとより自身の心身の変化は不可避でして、以前のような更新はますます難しくなっております。今年も、たまに聖子さんや太田さんをメディアでお見かけしたときに、“ああ、そういえば・・・”的にこのブログのことを思い出して頂いて、試しにクリックしたら、いつの間にかいつもながらの独りよがりな内容の記事がアップされていた、などという感じで読んで頂ければ幸いに存じます。
 
本年も良い一年でありますように!
 
PS.2017紅白について、ここで「ツイート」しときます(笑)。

  • 「The Rose」という選曲が“なぜ???”だったにもかかわらず、結局は圧倒的な歌唱力で視聴者をねじ伏せた感のある島津亜矢さん。マスコミをザワつかせながらも結局はウタ一本勝負、それでもラストステージに賭ける思いが伝わって感動を呼んだ安室ちゃん。エレカシも林檎ちゃんも平井堅姐さんも、それぞれの個性で勝負していて、とても良かった。
  • それに比べて聖子さんの「新しい明日」、フツーの曲過ぎるし声も出ていなくて、残念すぎたわ。その他大勢のひとりとという感じで、全く見せどころがなかった。2017は、やっぱりジャズでいくべきだったよね。セルフプロデュース力が無さすぎですわ。今年こそは「脱セルフ」でお願いします、セイコたん。

いざ、久々の海外へ。スウェーデン旅行〜本編〜

 今回のスウェーデン滞在日数は6日間。そのうち5日間はストックホルム中央駅から歩いて15分ほどの距離にある友達のアパートメント(アパートとは言っても石造りの重厚な造りの建物です)でご厄介になって、あと1日はスウェーデン第2の都市、ヨーデポリのホテルを予約していました。
 11月のスウェーデンの気候は、最高気温がやっと摂氏に届くという感じで、寒いのは確かなのですが、東京の真冬の朝晩に感じる、いつの間にヒタヒタと忍び寄って身体を侵食していくような厭らしい寒さではなく、どこか毅然とした寒さとでも言いましょうか、そうした気候の厳しさなど歯牙にもかけずに最先端の発展を遂げる大都市・ストックホルムそのものを表す気候、という印象がありました。そして街を背筋伸ばして颯爽と行き交う老若男女は、誰もかれもが八頭身のまるでモデルのような体型で、寒さの中で一層、凛とした印象を受けました。

 現地の友達の話では、厳しい自然の中を生き抜いて勝ち残った今のスウェーデン人たちは、優性遺伝の法則で強靭な精神と見た目の美しさを勝ち取ったのではないか、とのこと。確かに、ストックホルムの美しくロマンチックな街並みを歩きながら、横目ですれ違う美しい人たちを見ていると、下世話な表現を承知で言わせて頂ければ、私にはまるでディズニーランドのパレードでモデルたちが演じるシンデレラと王子様を見ているようで、どこか現実離れした感じもありました(笑)。
 私がスウェーデン旅行をすると周囲に伝えたとき、自動車会社に勤めるある知人は「とにかく合理主義を突き詰めた国だよ」と言っていました。現地の友達は「スウェーデン人は物事を割り切って考えていて、時に冷たく感じるくらいだ」とのこと。そしてそれは恐らく、厳しい自然環境を生き抜く中で培ってきたものかも知れない、とも。

(↑広場の花屋さん)
 一方スウェーデンに対する日本人の抱くイメージとしては、近年こそ意趣に富んだデザイン家具や生活用品、色彩豊かなポップミュージックなど、総じて「オシャレな国」というところかと思いますが、外せないのはやはり「福祉国家」であるということでしょう。消費税25%という、日本だと大ブーイングが起こりそうな税率を適用してまで、老後の安泰のみならず、子育てにも手厚い支援制度を施してそれでも経済を回して発展させてしまうという、社会システムとしてはウルトラCとも言える離れ業を成し遂げるには、そうした合理的な“クールヘッド”を、政治家だけでなく一般市民も持ち合わせていなければ成立しないはずです。(実は本来、福祉に携わる人には一般的に“クールヘッド”と同時に“ウォームハート”が必要、とも言われていまして、スウェーデン人が果たしてその両方を備えているのか、というと、そこまでは残念ながら私にはわかりませんが。)

(↑ストックホルムの広場のガラクタ市で売られていたサンタ人形)
 スウェーデンの先進的な部分で象徴的なところでは、私はストックホルムのアーランダ空港に着いてすぐ、2万円ほどを現地通貨のクローネに両替したのですが、結局、旅行最終日までそれを使うことはありませんでした。なぜかと言うと、駅の切符売り場はもちろん、スーパーマーケットや町はずれにあるお菓子屋さんでさえ、すべてカード決済OKなのです。ようやくスイカスマートフォン決済が都市部のコンビニで可能になってきた程度の日本では、考えられませんよね。
 そして、街で見かけるイクメンの多いこと。(もとい、イケメン・イクメンでした(笑)。)若いパパが並んでベビーカーを押しているような光景を何度も見かけました。これは、男女同権、いわゆる“セックス・フリー”(←昭和の時代に言われていた「北欧に行けばフリーなセックスができる!」というのは、これが間違って伝わっただけの「都市伝説」かも?と友達は言っていました(笑))が究極なまでに進んでいるからだそうで、性差別をせず、皆で社会を支えていくという、どこかの国が今更提唱し始めている「一億総活躍社会」が、スウェーデンではもうとっくに形になっている、ということのようです。

 日中は子供を無料の保育園に預けて、年老いた両親はケアの行き届いた老人ホームに預けて、労働人口層に含まれる人々は男女区別なく皆が働いて賃金を稼いでいるわけですね。たとえば福祉職場で働く人々にしても、日本のように働く側のボランティア精神に頼って低賃金で我慢してもらうのではなく、その道のプロとしてふさわしい賃金収入が確保できるわけです。そして、仕事が終われば人々は高い税率にいちいち文句など言わずに、分に見合った消費行動に移り、それが税収に繋がる。一方、選挙で男女バランス良く選ばれた政治家が作った政策に基づいて、税金は然るべき場所で使われていく。そんな仕組みなのですね。細かく見れば様々な問題もあるのでしょうが、構造的には本当に合理的な、先進的な社会が出来上がっているのだろうと思います。

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 ところでいま、日本では「ありのままに、与えられた環境でシンプルに生きる。」といったテーマで、あちこちのコラムで「北欧的生き方」が取り上げられています。「シンプル≒合理的」という意味なのかもしれませんが、私が今回の短い滞在で感じたのは、カフェで寛ぐ人々(これは現地の人々の日課でもあり“フィーカ”と呼ばれます)をはじめ、街を歩く人々もそれこそ老若男女問わず、とても楽しそうにお隣とお喋りしているのです。これは友達曰く、冬はとにかく夜が長くて(11月で言えば朝8時にやっと日が昇り、午後3時ころにはもう暗くなってしまうのです)、家に籠りきりでは気分が沈んでしまうので、とにかく積極的に外へ出て、人に会ったりして楽しんでいるのだそう。そう考えると、確かにシンプルな行動ではありますね。決して無理はせず、ありふれた日常に楽しみを見出す感じ。またスウェーデンでは、どこでも店に入ったときに店員さんと「ヘイ!」と挨拶する習慣があって、私も最初は少し照れ臭かったのですが、慣れるとそれがあることで何となくお互いの距離が縮まる気がして、買い物が余計に楽しくなるのも確かなように思えました。

(↑ガムラ・スタンの細道から夕闇の空を望む)
 ストックホルムでの滞在時に、私は友達の案内で「魔女の宅急便」の舞台とも言われる旧市街(ガムラ・スタン)の街歩きをしたのですが、確かに古いながらも色取り取りな石造りの建物が立ち並ぶ街はどこも美しく、いかにも北欧という印象でしたが、私には正直なところ特別な感動はなく「ふーん、キレイだな」と感じた程度でした。どこを見ても、何となく既視感があるのです。なぜだろう?とそれを後になってよくよく考えてみたら、こういうことでした。つまり、「日本の街並みはいま、どんどん北欧化している」ということ。例えば吉祥寺とか、下北沢とか、自由が丘とか。。。石畳の舗道を中心に若者向けのコジャレたお店が並ぶ新興商店街はどこもかしこも、もしかするとモデルはここ(ストックホルム)なのかもしれない!ということに気付いたのです。
 つまり、日本はいま、庶民が気づかぬうちに急激に北欧化を目指して進んでいると言えるのかもしれません。街も、もしかしたら社会のシステムも。しかし、日本の政治が本当にそれを実現できるのか、日本人がそんな合理的なやり方を受け入れられるのか?と言えば、それは難しいかもしれないですよね。まず第一歩、「男女同権」から始めないといけませんから・・・。
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 今回の旅行ではストックホルム以外に、スウェーデン第二の都市、ヨーデポリ(Goteborg)を訪問しました。日本で予約していた飛行機(SAS)で向かうはずだったのですが、ここでハプニングがあり、空港行きの高速鉄道が途中で線路のトラブルがあって運休となってしまったのです。慌ててストックホルムに引き返して、長蛇の列が出来ているタクシーはあきらめてバスで空港に向かうも、もちろん予約していた飛行機には間に合わず。バスの車中から遅れることを航空会社に連絡しようにも私のスマホは国際電話仕様ではないので電話は使えず、おまけにこの日の朝、ネットでチェックインを済ませてしまっていたのが運の尽きでした。「まあ仕方ない、旅にハプニングは付き物」と自分に言い聞かせて、涙を呑んで空港カウンターで次のフライトを予約し直したのでした。

(↑私立博物館のカフェ。ここで昼食を取りました。)
 結局、11時前に到着予定だったヨーデポリにたどり着いたのは14時過ぎになってしまったわけですが、いま振り返るとその日の午前中、異国の地でハプニングに出くわして、自分独りで駅やら空港を走り回って、ヨーデポリまでの道行きをなんとか確保できたというこの体験は、自分にとって本当に貴重なものになったような気がします。
言葉は完璧に話せなくとも、こっちが必死に伝えようとすれば必ず伝わるもの。
むしろ、伝えたいことは言葉に出す、それが大事。
恰好つけて自分一人で解決しようと思ってはいけない。
まわりに助けを求めれば、何とかなるもの。
今更ながらではありますが、改めてそうした体験をすることで、新たな自信につながったのは確かです。



(↑趣あるヨーデポリの街。)
 さて、そのヨーデポリですが、中世から続く古い港町で、日本で言えば横浜や神戸の雰囲気に似た、とても情緒のある街でした。私としてはお伽話の舞台のような印象のストックホルムよりも、むしろこのヨーデポリの方が居心地良く感じました。この旅行を通じて、ヨーデポリに着いた日だけ青空が覗いたことも、大きかったかも知れません。ひとり石畳の続く古い街を歩き回り、どこか懐かしい街の空気を存分に堪能することができました。
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 私にとってのスウェーデン旅行は、ありきたりではありますが、これまでの自分が蓄積してきたものの再確認と、後半生に向かう上での、新たな自分を発見する重要な行程の一つだったのかも知れません。そのような経験の場として彼の地に呼ばれた、今はそんな気もしています。

(↑ストックホルム市の図書館は、まるで「宇宙図書館」。)

いざ、久々の海外へ。スウェーデン旅行〜出発まで〜

 お久しぶりです。あっという間に師走、というか年の瀬を迎えてしまいました。
 
 実は先日、ワタシ、久しぶりの海外旅行をしてきました。今までの数少ない海外旅行体験ではアジア方面が多かったのですが、今回の旅行先はなんと、スウェーデン

 実は現地に住む日本人の友達が夏に日本に一時帰国したときに、会話の中でさりげなく「ところで、いつスウェーデンに来ます?」と誘ってくれて、そのとき二つ返事で、「11月に、行きます!」と答えていた自分がいたのでした・・・。
 いまスウェーデンに住む彼とは、生まれ育った環境も、その後それぞれが歩んでいる道も全く違っているのですが、ひょんなことからご縁を頂いて、彼が一時帰国するたびに交流を重ねてきました。そして世界を股にかけて生きている彼がその生活の拠点を移すたび、私も彼の住む国を訪問させて頂いたりして、早や10年の間柄になります。とてもパワフルにオンリーワンの人生を切り拓いている彼に会うたびにワタシは大いなる勇気を頂いて、狭い島国の中だけで人生を重ねていく自分もそれなりに、日々訪れる可能性を大切に拾い上げながら、それに感謝して生きていかなければいけないな、と強くそう思わせてもらえるのです。
 素敵な出会いは、人生の宝物。つくづく、そう思います。
 
 さて、北欧への旅行、冷静に考えれば、時間もお金もそれなりにかかることを覚悟しなければならない事であり、真冬の北欧となれば装備も充実させる必要があったりするわけですが、しかしそんなことはすべてさておいて、返事をしてすぐに、ネットで航空券を手配しているワタシがいました。

 もちろん、この機を逃せば北欧など恐らく一生縁がないであろうことも、また、間を置けばまたあれこれ逡巡して結局は実行には移せない不精で臆病な自分であることもわかっていましたので、まずは行動したところもあります。でもやはり、それ以上に「行きたい」という強い気持ちが私をそうさせていたように思います。振り返ると、スウェーデンという土地との「ご縁」が私を動かしていたところがあったのかも知れません。
 
 幸い、ずっと前にお付き合いしていた彼から強く勧められて加入していた、ユナイテッド航空のクレジットカードのマイルが死ぬほど溜まっていたので(公共料金の引き落しでカードを使えば、毎月マイルが自然に貯まっていくのです)、往復航空券はマイルですべて手配できました。でも実はこれが海外旅行に不慣れな、五十路を迎えたオッサンにはかなり難儀なことでして、結局はネットしながら何度もユナイテッド航空にヘルプコール。(ユナイテッド航空から届くコンファメーションメールは全部英語だったので、チンプンカンプンで(汗))。
 今回の旅行を通じて痛感したことは、人生経験は、いざという時の心強い味方であるのは確かなのですが、同時に、なまじ経験値があるがゆえに、心の中にありとあらゆるおそれや心配事を呼び込んで不安を煽る「厄介者」でもあるのだ、ということでした。
 まず、昭和に育った年代としては、いくらネットで予約が出来ても、やはり手元にチケット本体が届かないと、どうも落ち着かないのです。その後も何度も決済メールを確認した挙句、航空会社のサイトでシートの予約をしても、出発前日にチェックイン出来てもまだ安心できずに、当日の空港カウンターで搭乗券が発行されてようやく、ホッと胸を撫で下ろす始末。。。
 それ以外にも、パスポートや航空チケットの心配に始まって、エコノミークラスで半日近いフライト時間が耐えられるのだろうかとか、現地で迷ってしまったらどうしようとか、時差ボケの心配とか、乗り換えは間に合うだろうかとか、言葉は通じるのか、果ては外人CAに冷たくされたらどうしよう…とか(苦笑)。航空チケット予約から出発当日まで、ワクワクというよりは不安と心配の方が勝っていたのは確かでした。結局はすべて杞憂に終わったのですけれど、歳をとるほどに何事にも腰を上げるのが億劫になるというのは、こういうことなのだなと、痛いほどにわかりました。
 ただ、こうも思えたのです。逆に色々と不安であるからこそ、自ずと準備にも慎重になるし、いざ事件が起きたときの対処法(こうすれば何とかなるはず!という安全弁)も無意識のうちに頭の片隅に用意していることに気付いて、あー、これが不惑ということなのかも知れない、と。若いころは体力に任せて突進して、そのぶん失敗も多かったけれど、歳を重ねて体力も衰えてきたいま、それをカバー出来るのは、そうした失敗体験を重ねてきたからこそ蓄積できた「智慧」なんだよな、と。(我ながら「エラソーに言ってやがる」と思いますけどね。笑)。
 

 そして、いよいよ出発。日本からスウェーデンまでの直行便はまだ無くて、私が往路で利用したのは、LOTポーランド航空でした。「成田→ワルシャワ」間のポーランド航空と、「ワルシャワストックホルム」間はLOT傘下のユーロベルリン便。ワルシャワ行きの飛行機では、3列席のど真ん中の席で、前後左右アングロサクソン系またはラテン系(「非アジア」系)の人々に囲まれて、緊張しながらもいよいよ異国に旅立つ実感が湧いてきます。機内では通路側のポーランド人らしい年配の男性が荷物を頭上ラックに入れるのを手伝ってくれたり、食事時は決して美味しいとは言えない同じ機内食を狭い椅子で肩を寄せ合って食べたり(「パスタ」のサイドディッシュに「日本そば」、そしてパンが添えられるという、サプライズメニュー!)、どちらかが立ち上がったチャンスに合わせて一緒にトイレに向かったり、会話はほとんどなくてもそれだけで、異人種の異邦人同士がなんとなく親近感を共有出来てしまう気がするのが、不思議でした。当初の不安はどこへ、こうして往路の機内で早くも「人類皆兄弟的」な、安っぽ〜い地球人感覚に浸りきってしまったワタシ、単純ですね(笑)。
 
 日本の中で日本人に囲まれて生活しているとどうしても、無意識に小さな差異を探し出して「他人」の線を引いて自分を守ろうとしてしまうのだと思います。そうしておかないと、おそらく自分も同じく持っている日本人としての嫌な部分が、あまりに周囲の人々の姿から見え過ぎてしまうからかも知れません。でもいざ国を一歩出れば、歴史、文化、習慣、気候、肌の色・・・、あらゆるものが違う環境で育ってきた人々ばかりであり、最初から自分と違っているのは当然であって、そうなれば逆に同じ人間として、共通の部分を肯定的に探し出さざるを得なくなるわけです。違っていて当然だけれど、同じ人間には違いない、ということ。

 他人に対するそうした見方や心の持ち方を、ずっと忘れていたのかもしれない。ワルシャワ空港の待ち合わせ時間に早くも「旅人」気取り、空港内のビアパブでひとりビールを飲みながら、そんなことを考えていた私でした。
 
旅立つまでが随分と長くなってしまいました・・・。以上がエピローグでして、スウェーデン旅行本編は、また次回記します。

CDかき入れどき 〜さて安室ちゃんは・・・

 だいたい11月というのは大物のCDリリースが相次ぐのが恒例ではあるんだけど、今年は参ったわ。
 邦楽・洋楽を問わず好きなアーティストの作品情報が次々と告知されるものだから、あれも欲しい、これも欲しい、となってしまいまして。ワタシ、先月から1カ月の間に密林サイトに6枚もポチ、しちゃいました。こんなの、久しぶり。
リッスン・ウィズアウト・プレジュディス 25周年記念盤スタンダード・エディション(期間生産限定盤)【Amazon.co.jp限定】相聞(ポストカード付)明菜(通常盤)レピュテーション (ジャパン・スペシャル・エディション)(初回生産限定盤)(DVD付)ダイアモンズ~グレイテスト・ヒッツ               
 
 
 それで、早速ヘビロテしているのはやっぱりアムロちゃんでね。

Finally(DVD付)(スマプラ対応) 通常盤(初回盤終了)

Finally(DVD付)(スマプラ対応) 通常盤(初回盤終了)

 まず、オープニングに収められたデビューシングルの「ミスターU.S.A」(初めて聴いたのだ)が予想以上に良くて、わ、いいじゃん!と思ったのね。それで「愛してマスカット」「TRY ME〜私を信じて〜」とつながって、(ユーロビートのこの安っぽさが懐かしいわ・・・)なんて独りごちながら、次々飛び出す懐かしい曲を聴いていて、DiSC1の終盤まで聴いたとき、ふと気づいた。
あ、これ、“オールタイムベスト”じゃないんだわ!」と。 

  • 昔の曲を歌い直しているのは、まあ、完璧主義の安室ちゃんらしいアプローチで、良しとしよう。
  • 再録と同時にメインボーカルが際立つリミックスがされて、バッキングコーラスが思い切りカットされているのも、まあ良しとしよう。

 でも。「Dreaming I was dreaming」「toi et moi」「SOMETHING 'BOUT THE KISS」「LOVE 2000」「PLEASE SMILE AGAIN」といった、低迷期ながら確実に次の展開に向けてチャレンジを重ねていた時期の曲たち、そして、マニアックなR&B色に染まった初期の曲ゆえ最もセールスが落ち込んでいた時期の名曲群「shine more」「Put 'Em Up」「ALARM」さえオミットされてしまって、これで果たしてアムロちゃんの集大成アルバムと、言えるのか?
 言えないよ!
 ということでワタシ、結局はもう一枚これ、密林でポチ!しちゃいました(中期の曲を集めたベスト盤ね)。LOVE ENHANCED - single collection ああ。またこれでおカネが飛んでいくわ・・・。(これ、よくある「引退商法」なのかしら?なんて疑心暗鬼になったりしてね。)
 ところで、本アルバム『Finally』、3枚組のDisc3はほとんど既発アルバムには未収録の曲ばかりということで、そこで“元を取った”感があるのは確かで。ただし、曲のほうはちょっと玉石混交の様相を呈していて、近年のオリアルのスキのない完成度から比べればワクワク感は遥かに少ないかも。全編英語で通してきたここ数年の作品には、英語にチャレンジしているというだけでも緊張が漲っていたような気がするのだけど、今回の新曲たちの多くはかつてのアムロちゃんの代名詞でもあった、英語と日本語をブレンドした“似非R&B”的世界に戻っていて(コムロ作品もあり)、嬉しい反面やはり、引退に向けて、もう「挑戦」はやめたのね・・・という一抹の淋しさが残るのも事実で。
 カウントダウン。始まってます。