太田裕美アルバム探訪⑫『Feelin' Summer』

Feelin’Summer
 79年6月発売の10thアルバム。
松本隆筒美京平萩田光雄という黄金トリオの手を離れてからの最初のアルバム。ぽっかりとあいた大きな穴、それが彼女にとっていかに大きかったかをまだこのアルバムでは気が付いていないのだろうか、高いハードルをクリアしようと遮二無二頑張っている感じの裕美スタッフ。それが功を奏してか、黄金トリオ作品の勢いをこのアルバムではまだ失っておらず、完成度の高いアルバムに仕上がっている。オリコン最高位は19位。
 全10曲のうち、メインの作曲家は79年4月発売のシングル「青空の翳り」と同じ浜田金吾で5曲を作曲。残りの作曲者は太田裕美本人2曲、来生たかお2曲、元ブルーコメッツの岸ヨシキが1曲。作詞の方もメインは「青空の翳り」の来生えつこで5曲を担当。その他は太田裕美本人2曲、岡田冨美子2曲、拓郎ファミリーから白石ありす1曲、という構成で、全曲女性が担当することで松本隆の上品な世界を踏襲している。編曲はキーボーディストでもある戸塚修が全編を担当、リズム重視のカラフルかつ的確なアレンジで萩田光雄から見事にバトンを譲り受け、クオリティ・キープに貢献している。
 全体としては、タイトルの通り、裕美さんのアルバムの中でも最も「夏」のイメージにこだわった作品で、統一性を重視したためか、同時期発売のシングル(「青空の翳り」「シングルガール」)さえも収録していない。眩しい日差しと猛暑の気だるいイメージが全編に漂っており、夏のBGM集として成功している反面、通して聴くと核となるべき曲がなく、やや大人しい印象ではある。良くも悪くも洗練された「ニューミュージック」的な音作りであり、松本−筒美ラインのアルバムでは確かに存在していた、ポップスとしての1曲1曲の粒立ちはここにはない。構築する世界は大きく変わっていないものの、「歌手がうたを歌う」というそれまでの彼女のスタンスから、「アーティストが音楽を作る」というスタンスに軸足を移したものと捉えられる。それが、70年代後半のミュージックシーンの趨勢でもあり、もともとシンガーソングライター的な側面をセールスポイントにしていた太田裕美としては自然な流れであったようにも思う。

  • 掌の夏」。来生え・浜田コンビによる、当時一世を風靡していたエア・サプライ系の「爽やかサーフ系?」ミディアムナンバー。サビでアルバムタイトルの「Feeling Summer」というフレーズが出てくる。この曲での裕美さんのボーカルは肩の力が抜けて終始マッタリしており、このアルバム全体の気だるいイメージはこの曲が決定づけていると言ってもいい。
  • サマータイム・キラー」。裕美さん作詞、浜田氏作曲という珍しい組み合わせ。裕美さんの作詞家としての力量に驚かされる1曲だ。「浮き沈みする細い足首」なんて表現、見た事無い(笑)。曲はラテンのリズムに乗ったミディアムで、トロピカルな雰囲気。サビメロディーの開放感と裕美さんのファルセットボーカルの清々しさが素晴らしい、傑作。
  • 乱反射ハレーション)」。アップテンポな「熱い」マイナー・ポップス。裕美さんは張りのある低音でスピード感たっぷりのボーカルを聴かせてくれる。冒頭で雨音と雷鳴のSEが鳴り響く中、9曲目収録「Shower Girl」のイントロが短く挿入されている。
  • 河口にて」。内省的な詞(来生え)とボサノバの洒落た曲調(浜田)が不思議な組み合わせで、ぼわっと芯のぼやけた裕美さんのボーカルが相俟ってミステリアスな印象を残す作品。
  • A DISTANCE」。来生姉弟による曲。ここでいうディスタンスとは、心と心、世代間、男女間などの距離を指し、ここでも明るいアップテンポの曲調とは裏腹に、詞はとても内省的。ところでサウンド的には決して地味ではないこのアルバムが大人しい印象を持つのは、来生えつこの内向きな詞の影響が大きいのかもしれない。
  • 待ちくたびれて」。裕美さん本人の作詞作曲。エレピと波音のSEだけで聴かせるしっとりとしたバラード。気持ちよさそうに歌う裕美さんのファルセットがことのほか美しい。いい意味で眠くなる曲。
  • 熱風」。サンバである。サンバホイッスルやらスチールドラムやらで、ド派手な楽しいサウンド。のちのテクノ期に本格化する裕美さんのノンビブラートかつニュアンスたっぷりの唱法は、この曲がそのルーツかもしれない。歌手・太田裕美としては、ハジケた感じがとても新鮮。
  • 午後のプレリュード」。白石ありす・岸ヨシキコンビによる佳曲。裕美さんのファルセットを活かしたボサノバタッチの洒落たポップスで、最も従来の太田裕美イメージに沿った曲。シングル向き。
  • Shower Girl」。これは岡田冨美子作詞、裕美さん作曲のマイナー・ポップス。アーバンな大人ぽい曲調がなかなか良い。「乱反射」の冒頭で少しだけ挿入されたイントロがリプライズのように再登場して、そのままこの曲に入るという仕掛けで、「乱反射」・「Shower Girl」2曲はサウンド的にも姉妹曲と捉えて良いだろう。
  • 星がたり」。少女漫画「星の瞳のシルエット」(柊あおい)のイメージソングとしても一部で有名になった、来生姉弟作のイマジネーション豊かな名バラード。夜の波打ち際で満天の星を見上げるという、ロマンチックなシチュエーションでアルバムは静かに幕を閉じる。

 ちなみにこのアルバムジャケットの裕美さん、ヒジョーに可愛いと思う。俺のお気に入りナンバーワンなのだ。