太田裕美アルバム探訪⑪『背中あわせのランデブー』

hiroc-fontana2006-08-29

 78年2月発売の7thアルバム。LPレコードのA面5曲が吉田拓郎作曲、B面6曲が太田裕美本人の作詞作曲ということでこのタイトルとなった。オリコンアルバムチャート最高位は3位。
 俺としては、あまり聴かない作品だったりする(笑)。決してキライではないんだけど、どうも太田裕美のアルバム、という気がしないのね、これ。裕美さんの喉のコンディションが悪く、チャームポイントである美声が出ていないということは確かに理由としてある。だがそれよりも、何だかアルバムとしての作りが凄く中途半端な印象があるのだ。例えば、なぜ、本人の最悪なコンディションのままでレコーディングはおろか発売にまで踏み切ったのか?なぜ、天下の拓郎作品と、当時まだシロートの域を出ていなかった(健闘はしているけれど)裕美さんの自作曲が同列の「背中合わせ」で並んでいるのか。なんて思うと、このアルバム、丁寧な作りが魅力だった太田裕美アルバムの中で、どうも未完成な印象が強いのだ。断っておくが、あくまでも俺の印象だけど。
 とはいえ、たとえばシングルカットされた「失恋魔術師」では、このアルバムに収められたバージョンを含めてキイの違うバージョンが3つもあったりして、スタッフとしても裕美さんのコンディションが最悪な中、なんとか良いものを作ろうと苦労したのだろうな、とは思う。少し人気に翳りが出始めていた当時の裕美さんにとって、アルバム発売を数ヶ月遅らせることでも死活問題だったであろうし・・。
 ただこのアルバム、裕美さんのボーカルだけで見れば、息が漏れたようなファルセットしか出ないながらも、好調時のアルバムでは聴けない独特のやわらかみ(喉を労わっているから?)があることも確かで、それを「このアルバム独自の味」として聴けば、別な積極的評価ができるように思う。また、前半の5曲を担当している鈴木茂のギター中心のドライなアレンジがなかなか新鮮な味わいで、そこもナニゲに聴きどころであったりするのだ。

  • 失恋魔術師」。3月にリアレンジされてシングル・カット。「赤いハイヒール」や「しあわせ未満」に通じるキャッチーな中にも哀愁を盛り込んだメロディーは、この拓郎節でより強化された。しかし、太田裕美としてはこのコラボはもはや「想定内の範囲」だったか、新鮮度はイマイチ。「恋を失くすと現われる魔術師」というコンセプトも松本隆にしては雑で意味不明。シングルバージョンはアルバムバージョンよりキイが低く、裕美さんがほとんど地声で歌っているので、ただの安っぽいアイドルソングに終わってしまった印象がある。シングルチャート最高位は22位。この曲の失敗が裕美さんの低迷を深刻化させたのではないかと、俺は思う。
  • 花吹雪」。スリーフィンガーでの弾き語りが似合いそうなドメスティックなマイナーフォーク。これは松本隆の詞が秀逸で、各コーラスで出てくる「友達でいようよ」というフレーズが、文脈ごとに違った意味合いを含んでいる仕掛け。歌う裕美さんの声のかすれ具合が切ない。
  • 」。一瞬フリートウッドマックのようなメロウなギターのイントロから入り、ハッとさせられるが、いざ歌が入ればど真ん中のマイナー歌謡曲というギャップが大きい。裕美さんの声は、地声は全く普通なのに、高音のファルセットだけが声になっていない状態。ムラがあって聴きづらい。ベッドで別れた彼のマンションの鍵をふと見つけ、彼の部屋にあったあんなものこんなもの、様々な思い出が抑えきれず蘇る。でも、この鍵はもう幸せの鍵穴に入らない、というオチ。
  • 朝(あした)春になあれ」。ツインギターがからむゆったりとしたカントリー・ポップスの曲調がいい。詞は小林倫博というフォーライフのシンガーソングライター(だった人らしい)。闘病中の少女(?)を想いやる主人公と、裕美さんの満足に出ない声が妙にマッチして、情感のこもった温かい歌になっている。このアルバム中のベストソング。
  • ONE MORE CHANCE」。これも恋を失いかけた主人公の女性と裕美さんのかすれ気味の声がベストマッチした拓郎節炸裂の切ないナンバー。詞は小林氏。この曲をシングルカットしてもよかったのでは?と思う。
  • 走馬燈」。ここから裕美さんの自作曲エリア。正直、少し退屈な曲が並ぶ。この曲は素直なメロディーで悪くない。裕美さんは歌いやすそうでのびのびと歌っていて、もしかすると、喉を痛めたこの時期、自分で作詞作曲した歌い易い歌を歌うことがリハビリの一つだったのかも?と思わせる。
  • Moon Night Selenade」。裕美さんお気に入りの一曲だそうで、タイトルのイメージとは裏腹に少しコミカルで弾むような曲調が、明るい性格の彼女らしい。モチーフタップリの凝ったメロディーで、ポップスコンポーザーとしての才能をうかがわせる1曲。
  • 一人ぼっちの海」。裕美さんがピアノを弾きながらFuFuFu〜とハミングで作曲する姿が目に浮かぶ。そんな感じのシンプル&ナチュラルな、三連バラード。
  • 白い朝」。小鳥のさえずりのSEから入る、さわやかなバラード。でも、題名からして地味すぎ。悲しいかな『12ページの詩集』収録の「あさき夢みし」の二番煎じにしか聴こえない。
  • クロスワード・パズル」。トロンボーンのイントロから始まるハードエッジなマイナーポップ。中低音の地声を強く出して歌うこれまでにない裕美さんの歌唱法がこの曲に合っている。このアルバム唯一、不調なコンディションを全く感じさせない曲。この曲は成功だと思う。
  • あなたに・・・・・」。最後は再び地味〜な、シンプル&ナチュラル、「美しい」系のバラード。自作曲にもかかわらず、高音が出なかったこの時期としては無謀とも思える高音域を使ったメロディーに、オプティミスト(ガサツ?)な太田裕美の性格が現われているような・・・(笑)。

 こうして改めて聴いてみれば、小品ながら佳曲が多いことには違いないし、むしろ79年以降の裕美さんが強調したシンガーソングライター路線を実験的に試みた作品として位置づけることもできよう。