太田裕美アルバム探訪⑬『Little Concert』

 79年12月発売。前作『Feelin' Summer』が松本・筒美の手を離れて初めて取り組んだ夏のアルバムということで、その目指すところが77年夏の名盤『こけてぃっしゅ』であったことは、その洋楽志向のサウンドや夏の一日をイメージしたコンセプトを見れば、ある程度想像できる。
 一方、同年冬発売のこのアルバムは、『Feelin'〜』とほぼ同じスタッフで構成されているものの、サウンドは一転して、これまでにないほどフォーキー&アコースティック、かつ手作り風な味わいが強い。ゴールデンコンビ時代から比べれば、はっきり言ってかなり地味な印象ではあるが、良くも悪くもこれがこの時代以降(ニューヨーク体験後のテクノ時代を除けば)現在に至るまで、太田裕美の中心路線になっていくものでもあり、その意味では彼女にとってエポックメイキング的作品と言えるだろう。目立つ曲はないものの、じっくりと聴けば聴くほどに味わいの増す作品集で、肩の力が抜けた裕美さんのボーカルも好調であり、聴いていて実に心地良い。傑作とまでは言えなくとも裕美さんのアルバム中では隠れた好盤、といった存在の1枚。
 当アルバム10曲の構成は、75年のサードアルバムからリメイク(「袋小路(詞:松本隆・曲:荒井由実)」)の1曲を除き、作詞は前作から組んだ岡田冨美子・来生えつ子がそれぞれ3曲と2曲を担当、残りは裕美さん本人の詞が2曲、伊達歩こと伊集院静が初参加で2曲。作曲は浜田金吾6曲、裕美さん3曲。アレンジは当時新進アレンジャーだったヤマハ系の戸塚修と、大村雅朗が担当。
 タイトル通り、作品全体で小さなコンサートをかたどっているが、このアルバムはライブ盤ではない。CD復刻の際、タイトルが災いしてこの作品だけなかなかCD化されなかった、というエピソードは一部では有名な話。(レコード会社の担当も売る前にちゃんと聴いて確かめろよな〜。)

  • 雨のつぶやき」。イントロはデビュー曲「雨だれ」をサンプリングしてドキリとさせる。3連のバラードでデビュー曲のイメージを踏襲するが、途中からメジャーに展開。裕美さんのボーカルに大人の落ち着きが感じられ、このアルバム全体の印象をリードしている。詞:岡田、曲:浜田。
  • WING」。ドラムのリズムで始まるアップテンポのポップス。詞:伊達、曲:太田。裕美さんのメロディーはいよいよキャッチーで分かりやすく構成もしっかりしてきた感じ。喉を痛めてから身に付けた、ファルセットなしの強めのボーカルも、この頃から伸び伸びとした感じになってすっかり板についてきた。キュートだ。
  • 君がいなければ」。シンプルなメロディーの繰り返しながら、次第に情感(君を思う気持ち)が盛り上がる構成が見事な傑作。キイ変更もなく、アレンジの盛り上がりも控えめ。なのに、コーラスを重ねるにつれて、切なさが増していく。かの「さとうきび畑」と同じ作りだ。シンプルなリピートが引き起こす強いメッセージの力。詞は来生姉。
  • Simple Little Words」。詞:太田、曲:浜田。まずタイトルがいい。「季節変わりの秋雨/しずくのアミダで/愛の行方占う」って、松本隆みたい!裕美さん、大した作詞(策士)家です。この曲はサビの裕美さんの♪Simple Little Wordsと歌う声が、まるでオルゴールのように聞こえる。
  • トライアルロード」。ワルツのフォーク調のメロディーで始まり、サビでメジャーに展開してカントリー調に変わって唐突に収束するという、ちょっと捉えどころがない曲。来生姉の詞も少し現実感がない感じ。この曲は考えずに雰囲気で聴く方がいいのかな?
  • 潮騒の詩」。詞:岡田、曲:太田。Aメロからサビ、締めまで、変化に富んだメロディー作りで、シンガー・ソングライターとしての裕美さんの成長が感じられる佳曲。サビでのファルセット・ボーカルの美しさに息を呑む。エンディングに短いセリフが入るのは、ご愛嬌。「〜迎えてくでどぅ(=迎えてくれる)。」舌足らずで幼い裕美さんが出現。
  • 粉雪のエチュード」。カントリー・フォーク調。出だしからどこか「岬めぐり」に近いのどかなタッチで、全体に懐かしさが漂う。ただしそこがこの曲の温かさであり、味でもある。
  • 袋小路」。サードアルバム『心が風邪をひいた日』収録曲のリメイク。コンサート形式を謳ったアルバムコンセプト上、当時裕美さんがライブでよく歌っていた曲を再録。確かに俺も当時、渋谷のライブハウスで初めてこの曲を聴いて、強く印象に残ったのを覚えている。この曲は太田裕美作品には数少ない「感情移入し易い曲」なのだろう、オリジナル・リメイク両方とも、ボーカルがとてもウェットなのが特徴。
  • 小さなキャンバス」。ピアノ弾き語りのバラード。詞:伊達、曲:浜田。少し「雨の日と日曜日は」に似てたりするけど、良い曲だ。ここでとりあえず幕が下りる。
  • 青春はアンコールのないコンサート」。そしてギターをバックにアンコール曲、という構成。曲は静かなワルツの小品という印象。太田さん本人の詞曲で「青春はアンコールのないコンサート」「歌い続けるだけ」と、サスガにちょっと臭いんだけど、まあ、アンコールっぽい曲ではあるので、アルバム的にはオーケイなのである。

 ちなみにアルバムチャート最高位は49位だった。