セイコ・ソングス4〜「Please don't go」

hiroc-fontana2007-06-28

 87年の冬のアルバム『Snow Garden』に収められた、これぞ隠れた名曲と呼ぶに相応しい1曲。作詞:松本隆、作曲:南佳孝、編曲:井上鑑
 聖子さんと松本隆氏のコラボは85年のアルバム 『The 9th Wave』で一旦途切れ、そのまま聖子さんは結婚・出産休業に入るのだが、休業中に発売された『SUPREME』以降は松本氏がプロデューサーとして大々的に関わるようになり、80年代後半(86〜88年)のセイコ作品は、81年〜84年のアイドル絶頂期以上に松本隆色が濃かったりする。
 このころになると、初期の聖子ポップスの主人公のイメージである「少しシャイでいて芯の強い女の子(≒聖子)」から大きく離れ、あるときは母性愛を歌い(「瑠璃色の地球」)、ある時は女に捨てられた男の侘しさを歌い(「マリオネットの涙」)、桃源郷ソング(「Strawberry Time」)や不倫ソング(「抱いて...」)など、ボーカリスト聖子にさまざまなキャラクター世界を与えているのが特徴。松本隆さんとしては、こうして詞の世界を広げていくことで聖子さんをアイドルから脱皮させようと試みていたことが伺える。
 「Please don't go」もそんな作品のひとつ。ここではターミナル駅での大人の男女の別れのシーンが歌われる。駅を舞台にした男女のエピソードというのは松本さんの詞ではよく題材として使われるが(「赤いスイートピー」がその代表的作品)、多くは日本の田舎の無人駅のような、のどかなイメージが想起される曲が多い。しかし、この曲からイメージされるのは、ヨーロッパの鉄道駅だ。高い屋根のある、引き込み線がたくさん並んだターミナル駅。漂う機関車の煙、コンパートメント式の客車、よそ行き服を着た紳士淑女やポーターが行き交うホーム。そんな絵が浮かぶ。
 ここでの聖子さんは、もう歌の主人公にさえならない。まるで青い目の男女が繰り広げるヨーロッパ映画のワンシーンのようなこの歌の世界を、聞き手に伝える「語り部」なのだ。
 please don't go...
 ゆったりとしたリズムに乗って、すがるような、か細い声で語りかける歌い出し。この英語のフレーズだけが、おそらくは主人公のセリフ。その後は語り部セイコを通しての、松本隆氏による鮮やかな情景描写と心理描写が続く。
 やがて動き出す列車。歌はサビに突入し、まるで汽車の車輪の音を表現するかのような、ストリングスによるタンゴのリズムが挿入され、ここで曲はクライマックスを迎える。
 そして、ふたたび静かなバッキングに戻っての「please don't go」。煙の糸をのこして走り去る汽車と、立ちすくむ主人公との対比。このあたりの、音と描写の見事なシンクロが素晴らしい。
 当時の聖子さんの声はと言えば、出産休養を経て、まるでアクが抜けたようなすっきりとした透明感があり、一人称の歌を歌っても過剰な感情移入のしつこさが感じられないのが特徴で、そこがまたこの作品の鮮やかな情景描写を際立たせているような気がする。
 作曲の南佳孝さんと聖子さんのコラボについては、アルバム『Candy』収録の「モッキンバード」「電話でデート」、『Tinker Bell』収録の「不思議な少年」「ガラス靴の魔女」、そしてこの「Please don't go」と、ほとんど外れなしの佳曲ぞろいで、曲数こそ少ないものの、とても相性の良いコンビなのだと思う。