セイコ・アルバム探訪15〜『SUPREME』

SUPREME 出産休業の真っただ中に発表されたアルバムで、聖子さん全キャリア中で最高売上げを記録した13thアルバム。1986年6月1日発売。
 プロデュースは、松本隆
 前作『The 9th Wave』(85年6月)で一旦、松本隆とのコンビを解消した聖子スタッフ。その『The 9th Wave』は、リリース時期が聖子自身の私生活での大きな変化を迎えていた時期(ヒロミ・ゴーとの別離から神田マサキとのスピード結婚・妊娠までの騒動)と重なっていたこともあり、内容的にもやや消化不良で、どこか“迷い”が感じられる作品だった。
 そこからほぼ1年のブランクを経て、妊娠という「人生の祝福」を得た彼女が、ここで“師匠”かつ“盟友”(当時の…という限定付きだけどね 苦笑)でもあった松本隆の全面バックアップでアルバムをリリースした意味は大きかったように思う。ここには、信頼の置けるスタッフに囲まれ、ふたたび思う存分に歌えるという悦びを、溢れんばかりに全身で表現する歌手・松田聖子がいるのだ。
 ジャケットには、SUPREMEというタイトルのバックにパープル&ブルーのグラデーション文字で「SEIKO」と「SUPREME」の頭文字をつなぐアルファベットの“S”。その下に小さな文字で、大きな人類愛を歌ったエンディング曲「瑠璃色の地球」の英訳詞(抜粋)がプリントされている。白いベビー服(!)様のドレスをまとった聖子さんの、スッピンの無垢な印象の笑顔が、アルバムを貫くそうした「至上の愛(まさにLove Supreme!ね)」の壮大なイメージとの相乗効果で、とても神聖なもののように見えてくる。
 発売当時のコピーは「水晶のせせらぎに、あなたへの熱い気持ちを浮かべて・・・聖子」。こちらはオープニングナンバーのイメージ踏襲。
 松本隆によるプロデュースはもちろん、収録曲10曲すべてが異なる作曲者に依るものであることや、既発シングル曲を含まないアルバムであることなど、初の試みが数多いこのアルバムではあるけれど、セイコファンには定番中の定番作品ゆえ、もうこれ以上あれこれ説明する必要もないでしょう。
 では曲を見ていきましょう。もちろん全作詞・松本隆

 オープニングは、現在ユーミンのツアーで音楽監督もしている武部さんのアレンジセンスが光る逸品。デジタルサウンドながらナチュラルな透明感を醸し出す武部氏のアレンジは、まるで夜空に舞うホタルの淡い光を捉えたかのよう。それに、休養で見事にブラッシュアップされた聖子さんのクリスタル・ボイスが加われば、このアルバムのハイ・クオリティはこの1曲目でもはや決まったようなもの。印象的で色彩豊かなメロディーを紡いで大健闘したのは、T-SQUARE安藤まさひろ

  • 上海倶楽部(曲:南佳孝、編:武部)

 こちらはリズミカルなタップダンスのイントロで始まる、ニュー・オーリンズ風味のデジタル・ポップ。バックコーラスであのNokkoも参加。贅沢です。Bメロの低音はいつものセイコ節で少し音程が甘めながら、声が澄んでいるのでとても安定して聴こえる。サビのしゃくり上げも、キュートこの上ない。

 鍵盤で細かい音が動くイントロからスピード感たっぷり。タイトル通りローラースケートで滑るように駆け抜ける爽快感あふれるポップス。「♪ ローラスケートは〜い・て〜っ・るぅ」というサビを、歌い上げるでもなく、囁くように軽く、絶妙にしゃくり上げながら歌う聖子さんの声はまるで天使のようで、この時期にしか聴けない声。魅力的。

 長いタイトルの曲が続く(笑)。ハチロクの三連バラード。恋が深まるまでの瞬間(このあと夜を一緒に過ごすかどうか?ということよ!笑)を鮮やかに切り取った歌詞を、丁寧に再現する聖子さんのボーカルが、なかなか味わい深い。アルバムの中ではやや地味な曲で、ちょっとした箸休め的1曲かも。作曲の宮城さんは元チューリップのメンバー。

  • 時間旅行(曲:SEIKO、編:井上)

 ファンにも人気の定番曲。ちなみに以前取り上げた『Strawberry Time』に収録の「シェルブールは霧雨」は、この曲の後日談だったのね!やっと気付いたわ(笑)。昔の恋人とのつかの間の邂逅を綴った歌詞も、セイコさんの自作曲であることも、「シェルブール」と同じ。まさしく「姉妹曲」です。ところでこの曲の歌いだし、何かに似ているなと思っていたのだけど、これ似てないかしら。。。

 派手ではないけれどいかにも来生さんらしい品のあるポップスで、このクオリティこそが80年代セイコ・ポップス、という感じ。舞台はコペンハーゲン。彼を追って飛んで行った彼女が目にしたのは「♪ 部屋の壁に刻まれた 私のイニシャル」。ありえません!おとぎ話もいいとこよ(笑)。とはいえこんな夢物語こそが、セイコ・ポップス、なのです。

 イカ天バンド風哀愁デジ・ロック、とでもいった感じ。俺、セイコさんの情感たっぷりな歌い方も、センチメンタルな印象のメロディーも、潮の香りを感じさせるアレンジも好きなんだけど、どこか違和感を覚えるのよね、この曲。。。やっぱり曲の流れをぶった切るようなフレーズ、「Oh,Yeah」が原因なのかな(笑)…。作曲・久保田さんは「The 東南西北」、アレンジ・戸田さんは「SHI-SYONEN」メンバーと、両者ともバンド系。

 「1/2の神話」をはじめ初期の明菜でお馴染みの大沢誉志幸作曲。曲調はセイコさんにピッタリなキャンディ・ポップで、大沢さん、メロディー・メーカーとして面目躍如です。それにやや重めなベース&ドラムでロックっぽい味付けをした佐藤準さんのアレンジも聴きもの。遊園地での最後のデートに追い打ちをかけるように振り出す雨。切ない詞とポップなメロディー、凝ったアレンジ、表情豊かなボーカルがすべてマッチした傑作。

 エイトビートのポップスで、どちらかといえば退屈なメロディーなのだけれど(同時期の玉置作「悲しみよこんにちは」とサビのメロディーが同じだったりする)、単調な中に井上アレンジのマジックで独特のグルーヴと色気を持つ曲に仕上がっているように思う。実は俺、この曲、大好きなの。終始吐息まじりで囁くように歌うセイコさんの歌声が一層、妖しい雰囲気を醸し出す。サビ前のブレイクと、間奏&アウトロに出てくるベースのオブリガートが印象的。

 ご存知、澄み切った歌声が印象的な珠玉のバラード。PVでは、天使あるいはミューズのような神々しさを漂わせた聖子さんが実に美しく、長い休養の中でのそのオンリーワンの耀き・存在感を印象づけた。作曲の平井夏美氏は初期の佳曲「Romance」以来のコラボ。アルバム『SUPREME』は結局、オープニング「螢の草原」とこのエンディング曲「瑠璃色の地球」という、崇高なイメージの2曲によって、その価値が最大限に高められている作品なのかも、という気がしてきた。