セイコ・アルバム探訪17〜『Candy』

Candy 1982年11月発売の6thアルバム。
 この年、シングルでのユーミン三部作、アルバム『Pineapple』の大成功により、単なる“アイドル”ではない「松田聖子」というブランドを確立した感のあった聖子さん。髪をショートにして(結果ちょっとブスになったことで、それに安心した女性ファン層を拡大した、との説もある)、ハスキーな声でしっとりとしたバラードも歌いこなし、ただのカワイコちゃんではない「超アイドル」感を漂わせ始めたのもこのころ。
 そんな、キャリアの充実ぶりを最も良くサウンドに閉じ込めているアルバムが、この『Candy』のように思うのよね。
 聖子さんのボーカルは、「風立ちぬ」以来始まったハスキー・ヴォイスがすっかり定着し、どのようにその声を使えば最も魅力的に聴こえるのかを彼女自身が掴んできたようで、どの曲のボーカルも、その魅惑的な声を存分に駆使していて表現に迷いがなく、キュートでとても表情豊か。素晴らしい!の一言に尽きる。
 また、全編を担当している松本隆氏の詞も、ドライブやら結婚式やらピクニックやらスケートやら、様々なシチュエーションで恋人たちのハッピーな瞬間をリアルに切り取っていて、実に鮮やかな仕上がり。夢のようでいて、反面、リアルで、どこまでも幸せな、まさに“聖子ポップスの誕生”を感じさせる内容だ。
 そんな、アイドル黄金時代であり、日本という国自体もまだまだ元気で希望に溢れていた、あのころの充実した空気が、いまもこのアルバムの中には瞬間冷凍で閉じ込められているような気がするのよね。聴くたびにあの頃のそんな空気感が蘇ってきて、ほんのり幸せな気持ちになる。メジャー調の曲のみで構成された、派手さはないもののツボを抑えたシックなそのサウンドは今も古さを感じさせないばかりか、温かみある落ち着いた色調のジャケット(ガニ股自転車の聖子たん 笑)も含めて、すっかり秋めいてきたこの季節に聴くにはぴったりのエバーグリーンな1枚。
 作家陣は、大瀧詠一さん(『風立ちぬ』以来1年ぶり)・細野晴臣さん(初参加)という元はっぴいえんどコンビに南佳孝さんを加え、松本隆人脈を総動員したようなメンバーに、おなじみの財津和夫さんと大村雅朗さんという、豪華メンツ。ユーミンこそ参加していないものの、日本のポップス界を支えるミュージシャン達がこぞって一人の才能ある女の子をイジって遊ぶ、というこの構図。同じCBSソニーの百恵さん・太田さんをモデルケースに、聖子さんのこのアルバムあたりがそのシステムの完成形、という感じかもね。それによって質の高い音楽の裾野がいっぺんに広がっていった、まさしく音楽界にとっても本当に贅沢で幸せな時代だったように思うのだ。
 帯コピーは「こころはバロックカラー、いま あなたとティータイム・・・聖子」。
 アルバムチャートの最高位は1位。LP売上げ32.5万枚、カセットは21万本の大ヒット。このアルバム発売時は俺、高校生だったのだけど、聖子作品では初めてリアルタイムで(友達から借りてダビングしたテープを擦り切れるほど)聴いた作品で、本当に思い出深いアルバムなのだ。
 では曲紹介。

 アップテンポの軽快なポップスでスタート。ユーミン「中央フリーウェイ」的シチュエーションを一世代下のカップルで再現したような内容。「♪ 前を見ててよ ほらカーブ つきあいきれないわ。」このあたりの気の強い女の子の語りによるニュアンスが、聖子ポップスの真骨頂なのよね。

 こちらはどこを切っても大瀧さんのナイアガラ・サウンド。「♪ 愛の〜エアメール〜ン・ン」の「ン・ン」のあたりに、大瀧センセのボーカルの影響を感じる。おそらく大瀧さんのデモ・テープが存在したに違いない。とはいえサビでは得意の切ないしゃくり上げも決まって、やっぱり魅力的な聖子ボーカルが聴ける作品。

  • 未来の花嫁(詞:松本、曲:財津、編:大村)

 ファンの人気曲。でも俺、この曲あんまり好きじゃないのだ。あまりに同じメロディーの繰り返しばっかりなんだもん。「グループで一番地味でおくれてた」友人(♀)の結婚式に一緒に参列している「彼」の本当の気持ちを掴みきれない、主人公の心のつぶやき。「ねえ未来の花嫁 隣にいることを 忘れないでね」この辺が女性ファンの共感を呼ぶのかしらね。ところで「イチバン地味なアタシ」が皆の憧れの彼を射止めちゃったわ、という逆パターンのストーリーがその後のセルフ作品で痛いほど使われ倒すことは、みなさまご存知の通り(涙)。

 鳥のさえずりをバックに聖子がアカペラで入ってくる導入から、もうキュートな“フェアリー・聖子”全開のミディアム・ポップス。舌足らずなチュン・チュルル・ル、というさえずりや、わたしは小鳥・・・わたしは小鳥…というエンディングのリフレインの歌い方が、今思えばとっても「ブリッコ」してる。

 ブルージュはベルギーの都市。初めての海外一人旅をエンジョイする主人公は、そのまま聖子ちゃん出演のポッキーCM映像の再現みたい。この作品はレコード発売を控えてプレス工場に回すギリギリのレコーディングとなってしまい、初回盤のみ仮録音したファースト・テイク、その後の追加プレスでは改めて納得のいくボーカルで録音し直したテイクが使われているという、当時の聖子の多忙ぶりを伺わせるエピソードが残されている。初回盤の録音はこちらで、今聴くと、とてもさらっと歌っている感じ。“♪Ding Dong”の低音部分の声が聴こえないので、再録になったのかしらね?でも新鮮な印象の初回盤を聴いてしまうと、通常のCDで出回っている再録盤は「♪ ハ〜〜ッピネス」の部分とか、ちょっと歌いこみすぎてイヤラシク感じちゃうかも。

  • Rock’n’roll Good-bye(詞:松本、曲:大瀧、編:多羅尾)

 いきなりイントロのブレイクから始まる、インパクトある軽快なロックン・ロールで、畳み掛けるようなメロディーを歌う聖子の“鳴き声”がクセになる曲。間奏の「むすんで開いて」や、紙テープの効果音(シュルルル〜)、いつまでも終わらないアウトロなど、大瀧さんならではのアソビ心も一杯で楽しい。

  • 電話でデート(詞:松本、曲:南、編:大村)

 hiroc-fontana、大好きな一曲。夜の静けさの中、聖子ちゃんの電話口での囁きを聞いているような印象の曲。オールディーズ風の甘くどこか懐かしい南佳孝さんのメロディーに、シンプルながら奥行きのある大村さんのアレンジ、いつになくシャイな聖子さんのボーカルが織り成す至福の一曲。

 82年10月21日発売の先行シングル(11枚目)。当時はユーミン3部作が続いたあとのせいか、何だか地味だな〜、という印象があったのだけど、1位に3週、トップテン圏内に8週、累計45万枚の成績は大したもの。やっぱり「トゥルリラー」と、「♪ 知らないま〜ぁっちを」のしゃくり上げと、何よりCM効果が大きかったのかもね。今聴くとこれも、やけに「ブリッコ」な聖子さんの歌い方が逆に新鮮だったりする。

  • 黄色いカーディガン(詞:松本、曲:細野、編:大村)

 この曲は過去に「セイコ・ソングス16」で単独エントリーを上げていますのでこちらを。

 ラストを締めくくるバラードはこれもファン投票で上位に入る人気曲。「可愛いね 君」「・・・離れてるから」という会話形式の詞は、太田裕美さん以来の松本さんの得意技。若いカップルのスケート場での他愛ないエピソードが、ゆったりとした曲調に乗せて実に丁寧に、その幸せな雰囲気そのままに再現されていく。曲を聴きながらこうした密度の濃い数分間を味わえることが、聖子ポップスのマジックなのよね。