セイコ・アルバム探訪10〜『永遠の少女』

永遠の少女(紙ジャケット仕様)
 hiroc-fontanaの大好きなアルバムです。1999年12月発売。オリジナルとしては32枚目のアルバム。聖子さんにとってプレ20周年に当たる作品。
 88年の『Citron』以来11年ぶりに作詞に松本隆氏を迎えており、同年に作詞家生活30周年を迎えていた同氏のアニバーサリー企画としての色あいも濃い作品。
 松本氏の30周年アンソロジーCD-BOX(『風街図鑑』)のブックレットにこんな聖子の談話が載っているのね。風街図鑑 風編

 また、二人でコンビを組んで作品を世に出せることは、幸せなことですね。レコーディングが終わったあとで、松本さんが「やっぱり、君と僕はね、一緒にやっていかないと駄目なんだよ」っておっしゃって。私も本当にそう思いました。
    「風街図鑑 風編」ブックレットよりエッセイ2 “魔法の鏡”

 これを読むと、実際、当時のNHK特集番組の中で聖子と松本氏が久しぶりに再会を果たした場面で、感極まった聖子が思わず涙しながら、松本氏の手を離れてからのセルフ時代の“産みの苦しみ(=孤軍奮闘)”について弱音を吐いていたのを思い出すのよね。まるで、師弟(姉弟)関係のようなふたりの再会。たしかに当時の聖子さんはそんな心理状態だったのだろう。
 しかしこの作品を発表後、聖子さんが松本隆氏の胸に再び飛び込むことは二度と無かった・・・やれやれ・・・というのは聖子ファンならご存知の通り。
 発売当時、久しぶりの松本氏とのコラボとのことで当然ながらhiroc-fontana、発売と同時にCDショップに駆け込んで即ゲット!と言いたいところだけれど、なぜか当時の記憶があまり無いのです。いつの間に売っていたCDをたまたま購入した、みたいな印象で。経緯はわからないけれど、つまり恐らくはこの作品、松本氏の関連TV番組やドラマ主題歌となったシングル「哀しみのボート」の話題性のドサクサに紛れて、レコード会社のマーキュリー(当時)はアルバムプロモーション面でどうも手抜きをしていたのではないか、と思うのね。結果、アルバムチャートでの最高位24位、累計売上げ3万枚はセルフ作品の前作『Forever』(最高位12位・10万枚)にさえ遠く及ばない結果に。
 このセールス的惨敗が、聖子さん本人に与えたダメージは想像に難くない。
 あの松本さんと組んでも(ワタシがこんなに頑張って(無理して)歌ったのにもかかわらず…)売れないなんて、ファンはもう私たちの組み合わせを望んでないんだわ。。。みんな、やっぱり私が作った曲の方が好きなんだわ!と、思ったのかはわからないけどね(笑)
 ファンの間では、このアルバムの聖子さんのボーカルにかつての勢いがなく、生気がないことで評価が分かれることも事実。ただ、今あらためて聴くと、当時30代後半の聖子さんが歳相応の枯れたボーカルで、80年代から一回り成長した女性像を歌った松本隆作品集として、セルフ作品では決して味わえない芳香を放っている作品であることも確か。いわばセルフ時代のど真ん中に咲いた、あだ花。今振り返ると、当時こんなアルバムを聖子さんが出したこと自体が、奇跡よね(苦笑)。
 ちなみにアルバムジャケットではタイトルの英訳が『Eternal Mind』となっている。個人的には『永遠の少女』より『Eternal Mind』の方がよりアルバムの内容に合っているような気がする。
 それともうひとつ、この作品、なんと百恵のレコーディング・ディレクターだった川瀬泰雄氏(その著作をこちらでも紹介)がディレクターとして名を連ねてるのよね。聖子作品にしては重厚な印象なのは、そのせいかも(笑)。
 前置きが長くなりすぎました。それでは収録曲の紹介。

 オープニングはイメージ豊かなバラード。「月のしずくで髪を洗う/星の湯船に身体横たえ」。溢れ出る美しい言葉を丁寧に紡いでいく聖子さん、まるで松本センセのコトバに条件反射的に彼女の情感が反応してしまうかのよう。その後多用するファルセットは、この曲が始まり。作曲の宮島律子さんは近年AKBなどにも作品提供している、らしい。

  • ペーパードライバー(詞:松本、曲:千沢仁、編:岡本更輝)

 ラテン・カリプソ系のアップテンポのナンバー。本アルバム中最も80年代の聖子・松本路線に近い作品。主人公は相変わらず気の強いお転婆さん、なのだが、聖子さんがそれに「なりきれていない」。出にくい高音を喉と鼻だけで歌っていて、妙に醒めたチグハグな印象が残る。もはや自我に目覚めた聖子さんは「自分ではない人」に心を注ぎ込むことは出来なくなっていたのかも。作曲は80年代に活躍したLookというグループの中心メンバーだった人。

  • 哀しみのボート(詞:松本、曲:大久保薫、編:岡本)

 99年10月発売の先行シングル。桐野夏生原作のドラマ「OUT〜妻たちの犯罪〜」の主題歌として最高位27位ながらロングヒット。シングルのサビでファルセットを使ったのはセイコさんお初。メロディー・アレンジともにシンプルながら、噛み締めるように語り歌う聖子さんのボーカルが、松本さんの綴る「道ならぬ恋路」のドロドロな世界を研ぎ澄まされた純度の高い詩世界に昇華させている感じ。名曲。

 40代の若さで急逝した大村雅朗氏が聖子に残した遺作に松本氏が詞をつけたもので、曲の背景を知るほどに涙なくしては聴けなくなるバラード。聖子にとって大村氏はバッシングを受けていた辛い時代の盟友でもあり、聖子のいつにも増して陰影に富んだ情感溢れるボーカルが、彼女の思いを偲ばせる。「Song for you 散り急いだ 無数の花が空を覆うの / 木の下で振り向くあなたの幻 もう一度逢いたい」。。。

  • 恋はいつでも95点(詞:ALICE、曲:羽場仁志、編:井上)

 ちょっとスウェディッシュ・ポップの雰囲気を持つ佳曲。作詞のALICEとはご存知、沙也加ドーター。リアルでカラフルな詞の描写力は中々なもの。歌詞の中で「ママにも言われたのに」て、娘の気持ちで“ママ”が歌う。ん?やっぱりちょっと無理があるかしら(笑)。作曲の羽場さんは滝ツバやSmapにも曲提供している人で、こちらもポップでカラフルなメロディーがなかなか。

  • samui yoru(詞:吉法師、曲:佐々木孝之、編:笹路正徳

 スピッツ風のギター・サウンドのノリで、聖子ミーツJポップという趣きの異色曲。松本さんの詞ではないのだけど、独特の哀愁味が異彩を放っていて、俺、この曲大好きなの。過去ログ「セイコ・ソングス3」として単独エントリーを上げてますのでこちらを。

 83年の名盤『ユートピア』収録の「セイシェルの夕陽」の続編的バラード。こちらも色彩豊かな名曲です。「予知夢ってほんとにあるの? 壊れていく時が哀しい」。このあたりの松本さんの詞のセンス、そしてそれを確かな情感にして表現する聖子さん、二人の相性の良さにタメ息です。ちなみに作曲の柴草さんはCoccoのデビュー作「強く儚い者たち」を作曲したシンガーソングライター。

  • カモメの舞う岬(詞:松本、曲:島野聡、編:石川)

 こちらも松本氏の情景描写が素晴らしい佳曲。海を見渡す岬の突端での少しトウの立ったカップルのエピソード。出会いによって長い孤独の日々から抜け出した主人公の心象風景に、視界の開けた岬の風景を見事にオーバーラップさせている。そんな詞に洒落たメロディーを付けた島野さんは、MISIA「つつみ込むように・・・」の作者。(ナニゲにこのアルバムの作曲者はゴーカ・メンツなのです。)

  • 心のキャッチボール(詞:松本、曲:福士健太郎、編:笹路)

 シチュエーションはユーミン「まぶしい草野球」に近いのだけど、こちらはちょっと松本さん、策に溺れすぎかな。。ややマンネリ気味の二人の関係に「♪キャッチボールして 変化球を投げて」と心でつぶやく女性、という設定だけど、聖子さんの辞書にそんなシャレた比喩がないことは明らかで(苦笑)。努力はしたの、でも結果として感情移入できなかったの・・・みたいに聴こえてしまうのだ。(この曲が、彼女が再びセルフに戻るキッカケの一つになったのかも、と邪推したくなるのよね。)いい曲だけに、残念。

  • 哀しみのボート(Millenium)(詞:松本、曲:大久保薫、編:井上)

 教会音楽風の荘厳なアレンジでリプライズ。う〜ん、でもなんでこの別アレンジバージョンを中途半端に10曲目に入れたんだろう。おかげで実質9曲となってしまって、アルバムの密度を薄めてしまったような気がしてならないのよね。。。だったらシングル「哀しみのボート」カップリング「葡萄姫」(佳曲!)を収録したほうが良かったのにな、と。