セイコ・ソングス7〜「硝子のプリズム」

ピンクのモーツァルト(CCCD)
 聖子さんが20世紀のアイドル最高傑作だとして、それは華のあるスターを育てることに長けたプロダクション・サンミュージックと、アイドルというジャンルに「音楽性」を盛り込むことに成功したレコード会社・CBSソニーという、両者の夢のようなコラボレーションが生んだ幸せな成果とも言えるのではないか。
 なんて、大上段に構えて書き出してしまったのだけれど・・・。そんな聖子さんの、歌手としてのルーツを辿ったとき、影響を最も感じるのは、やっぱりソニー系の歌手、太田裕美さんのように思う。俺が言いたいのは、これなのね(笑)。コンセプト重視のトータルなアルバム作りとか、業界からの評価も高かった音楽性とか、共通点は多いけれど、何と言っても二人にとってのキイ・パーソン・松本隆さん繋がりが大きい。そして裕美さんにしても聖子さんにしても、松本さんによってブレイクスルーの機会を与えられたと同時に、松本さんのキャリアにも多大な貢献をした、という点も共通しているのだ。
 さて、今回取り上げた「硝子のプリズム」(詞:松本、曲:細野晴臣、編:細野・松任谷正隆、84年「ピンクのモーツァルトカップリング)、この曲の詞が、太田裕美さんの77年発表のアルバム『こけてぃっしゅ』収録の「トライアングル・ラブ」という曲が原型になっているのをご存知だろうか。両者とも、男女の三角関係をプリズムに例えて、恋の終わりを女性の側から切なく綴ったものなのだ。
 実は、この曲以外にも、聖子さんにおける松本氏の作品には、裕美さんの曲を雛型にしたと思われるものが結構存在していて、例えば聖子さん84年のアルバム『Windy Shadow』のオープニング曲「マンハッタンでブレックファスト」と裕美さんの78年作品『海が泣いている』収録の「スカーレットの毛布」のように、完全に「焼き直し」と言えるものもあれば、童話の世界をモチーフにしたアルバム『Tinker Bell』は、人魚姫を題材にした裕美さんの大ヒット「赤いハイヒール」にそのルーツを見出すことが出来る、といった具合。そもそも、松本さんのペンによる聖子さんのシングル曲のタイトル、そのほとんどに使われた「○○の○○」という定番スタイル、その雛型は明らかに太田裕美さんだったりする。「木綿のハンカチーフ」「赤いハイヒール」「最後の一葉」「九月の雨」・・・・ね?
 俺が聖子さんに嵌ったきっかけは結局のところ、松本さんの詞によるところが大きかったわけで、そこから大好きな裕美さんとの関係を語り始めたら、あらまあ、ついつい熱くなりすぎたようで、ごめんなさい(笑)本題に戻ります。
 「硝子のプリズム」。この曲は発売当時から、友達の間でもカップリングの「ピンクの〜」より断然、評価が高かったのね。どこかとらえどころない印象のA面「ピンク〜」とは対照的に、松本さんの切なさたっぷりの詞と聖子さんの絶好調ボーカルが見事な相乗効果で、分かり易く強いインパクトを持ったこの曲。一連の細野氏のテクノサウンドとは一線を画す、柔らかな男性コーラスから始まるイントロから、独特の世界が広がる。そして細野氏らしい、どこか「和」の哀愁を感じさせる自己主張の強いポップ・メロディー。そこに松本氏が、それまでの聖子さんにはなかった言葉の数々を用意する。

 さよならって言葉 普通っぽいし 握手も嫌みたい そらぞらしくて
 助手席になじんだ身体のライン 明日からあの娘が足を組むのね
 私よりKISSが上手? そんなこと聞けるわけないね
 硝子のプリズム あなたとあの娘と私
 硝子のプリズム 綺麗な三角形ね
 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫
 もう・・・屈折しそう

 歌い出しが「さよなら」から始まるのが、この曲の強さの秘密だ。それまでの聖子さんにはほとんど見当たらなかった、ストレートな失恋詞。三角関係という、予想外の事態で恋の終わりに直面した女性の屈折した心。紗がかかったような、当時の聖子さん特有の声によって発せられる歌い出しの「さよなら〜」の一言で、一気にこの曲の切ない世界に引き込まれてしまう。
 そして特筆すべきは聖子さんのボーカルの集中力。「私よりKissが上手」と尋ねる心の本音の声と、「そんなこと聞けるわけないね」と強がって投げやりに返す自問自答、その歌い分けのひらめきの凄さ。サビ「〜硝子のプリズム〜」部分で聴かせる、音の終わりのうねる様なビブラートには、まるで主人公の大きな感情の揺れが込められているようでもある。「もう・・・屈折しそう」では、「も・お・・・屈折しそ・お・・・」と「U」音をわざと音節を切って発音していて、それがまるでタメ息のように聴こえたりする。おそらくそんな聖子さんの無意識なボーカルのクセさえ、全部がハマってしまった幸運な1曲なのだろうと思う。
 ちなみにこの曲のナマ歌が通称「ヨウツベ」にアップされていて、生パフォーマンスもなかなか素晴らしくって感動です。「もう・・・屈折しそう」で、こめかみに人差し指を持ってくる振り付けに、拍手。