裕美、聖子、そして松本隆。

 今回は、マイフェイバリット・シンガーの二人を取り上げます。それは太田裕美さんと松田聖子さん。
 俺の大好きな歌手、という以外にも二人には共通点がいくつかあって、かつての所属レコード会社がソニーであったことや、アイドルでありながらアルバムアーティストであったこと、あとマニアックなところでは舌足らずで“ラ行”の発音に特徴があること、などが挙げられるけど、何と言っても一番の共通点は「松本隆」だよね。
 裕美ファンだった俺が聖子ファンにスッと切り替わったのも、松本さんの詞のお陰だと思う、いま思えば。
 さて、そんな二人に贈られた松本さんの詞の中で、テーマの似通った作品がいくつかある、というのは何度かこのブログでも言及して来たところよね。それらの作品を並べて改めて聴き比べてみると、歌い手である二人のキャラクターに合わせて少しずつそのテーマに対するアプローチが異なっていて、そこが面白いな、なんて思ったのよね。
 そこで今回のエントリーは裕美、聖子に書き分けた松本さんの詞を比較してみる、というのがテーマ。
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 それでは参りましょう。まずは、松本さんお得意の「駅での別れのシーン」から。

動き出す汽車のデッキに 小走りに渡すオルゴール
悲しみのウェディングマーチ あなたへの贈り物です

動いた列車のデッキで腕時計外すのね
同じ時代生きた記念にと 私に投げて最後に微笑んだ


 裕美さんの曲がドメスティックな田舎駅での別れをイメージさせるのに対し、聖子さんの作品には無国籍な印象が漂うのが特徴ね。
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 続いてのシチュエーションは「三角関係」。それを“プリズム”という小物を使って鮮やかに描写した二作。

プリズムに片目あてて ごまかしたあなた
真っ直ぐに投げた愛が 手を外(そ)れて落ちた
飛び散る 三角のガラス

私よりKissが上手? そんなこと聞けるわけないね
硝子のプリズム あなたとあの娘と私
硝子のプリズム 綺麗な三角形ね


 裕美さんの作品では描写に文学的な香りが漂っていて上品な感じ。一方の聖子さんには、現実感のある独白を歌わせていて、主人公の女性が明日にでも“次の恋”を見つけそうな、醒めた印象があるのが面白いね。
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 お次は「一夜のアバンチュール」を歌った作品。共にアイドル全盛期にそんな曲を歌っていたのにまずは驚きだけどね。

もう二時間も君を見てたよ 眠りのガウンまとう天使よ
PUBで初めて君を見た時 声をかけずにいられなかった

  • 松田聖子「マンハッタンでブレックファスト」

目覚めると横に見知らぬ寝顔が
あなたは誰? 覚えてない


 ここでの裕美さんはお得意の男女会話形式。恋の駆け引きではあるのだけど、男性のつぶやきが意外に真面目なのが、文学青年の松本さんらしい感じ。聖子さんの場合は完全に“旅の恥はかき捨て”的な女の子が主人公で、相手はきっと外人ね、という印象が聖子たんにダブってしまって(笑)。
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 最後は「おとぎ話の世界」。太田裕美さんに対して人魚姫を題材に「赤いハイヒール」を書いた松本さん。その後も「赤い靴」を題材に「ドール」という傑作もつくりました。一方、聖子さんには『Tinker Bell』というアルバム作品で1枚丸ごとメルヘンを題材に曲を提供しています。「赤いハイヒール」=「人魚姫」、「時間の国のアリス」=「ピーターパン」と、元ネタとタイトルが微妙にズレているあたりが松本さんのこだわり。以下は共に大ヒット曲です。

おとぎ話の人魚姫はね 死ぬまで踊る ああ赤い靴
一度履いたらもう止まらない 誰か助けて 赤いハイヒール

カボチャの馬車と毒入り林檎
頬つねっても痛くないのね


 太田裕美さんの曲では、「おとぎ話」はあくまでも別世界の話で、目の前には厳しい現実がある。でも聖子さんの歌世界では、「夢なら続きを見させて。」と、夢の世界を自覚しつつ肯定し、それを貪欲に楽しもうとするバブリーな女の子がそこにいるのです。

(エピローグ)
 こうして並べてみると、松本さんにとっての二人の歌手へのイメージが強烈に作品に反映されているのがよくわかるでしょ?
 裕美さんがインタビューで「松本さんも私も作品にお互いの人間性を食い込ませながら作品づくりをしてきた」みたいなことを言っていたのだけど、作家と歌手(素材)の運命的で、ある意味理想的な関係がここに凝縮されている感じがあるわね。もはや、お互いを抜きにしては自己を語ることは出来ない、みたいなね。
 ともにこのコラボはもう、過去のもの、ではあるのだけれど、どちらでもいいからいつか、復活して欲しい、というのはファンの永遠の願い。。。