セイコ・ソングス15〜「裏庭のガレージで抱きしめて」

hiroc-fontana2008-05-10

 1987年5月発売のアルバム『Strawberry Time』より。当時の日本の音楽界はバンドブームのスタート期にあたり、アルバム『Strawberry Time』は、それらロック系バンドを含む当時の新進気鋭ミュージシャンからの曲提供を受けて制作されており、それまでは大瀧詠一のナイアガラ・サウンドに彩られた『風立ちぬ』を除けば、どちらかと言えば松本隆が作り出す詞の世界によってアルバムのカラーを出してきた聖子スタッフとしては、珍しくサウンド先行でトータリティを出したアルバムといえる。もちろん、ロックとは言ってもそこは聖子ワールド。カラフルでキュートな「ポップ・ロック」が並んでいる。
 「裏庭のガレージで抱きしめて」の作曲はチャック・ムートンこと、当時バービー・ボーイズのいまみちともたか。イントロは可愛らしいエレピのリフで始まり、少しハードに8ビートを刻むドラムにベースが絡んでいく。まさしくバンド・サウンドだ。アレンジはいつもの大村雅朗氏でも、ここでは敢えて聖子さんらしくないアレンジが聴けて、とても新鮮。
 そして、この詞。

 深夜映画観た帰りの道で
 ヘッドライト 不意に消して遊ぶのね
 ラジオからは古く渋い ラブ・ソング
 まるで月に向かって飛ぶ鳥みたい  (詞:松本隆

これが、俺の好きな映画『ガープの世界』のシーンそのものなのだ。(『ガープの世界』の場合、そのあとイケナイ事をしていた男女の男の方が女に大事なところを噛み切られちゃう、なんてことになるのだけど・・・それは関係ないか(笑))
 この歌の世界、「深夜映画」は昔流行した車の中から観られるオープン・シアターだろうし、「裏庭のガレージ」はよく映画に出てくるような、アメリカの郊外住宅のガーっと大きな扉を開けて車をしまい込む「車庫」だろうし、運転している車はキャデラックだろうし、「抱きしめてギュっと強く」と男を誘う主人公の女のコは、ハイスクールに通うポニーテールのチアリーダーだったりするわけよね。もう、完全に古き良きアメリカ、我々日本人が憧れる、夢の世界が想像できちゃうわけね。
 80年代の聖子さんの歌が何故あれほど受け入れられたのか、と言えば、本人の表現力や洗練された音楽性や、その他理由は色々あるとは思うけれど、やっぱりこの歌のような分かり易い「夢の世界」がそこにあったから、というのが大きいような気がする。それこそ、誰もが見ることができる、ハリウッド映画の中の世界。そこには、歌い手・聖子の情念とか、彼女が人生で経験してきた心の襞なんてものは必要ない。彼女が主人公になって一緒に夢の体験をする、それができればいいわけだ。その、あまりにも周到に準備され、造りこまれた世界を、恐らく全盛期の聖子さん自身も楽しみすぎてしまったのではないだろうか・・・。松本さんの手を離れてからの彼女の迷走ぶりを思うと、そんな気がしてきたりするのだ・・・。
 それにしても、チャック・ムートンさん。繰り返しフレーズの中に半音進行を絡めた、シンプルでいて実は凝ったメロディーが素晴らしくて、佳曲揃いのこのアルバムの中でも特に耳に残る1曲になっている。
 そして難しいこの曲を実に楽々と、とてもキュートに歌う聖子さん。結婚・出産という女性としての1大イベントを終え、なおもバージンのような無垢な印象を残しているのがスゴイ。実際、多くの女性は出産のころ、とてもナチュラルで神聖な印象になるような気がするのだけど、やっぱりお腹に赤ちゃんがいることで、生命の神秘、のようなものを実体験しているからなのかな、などと思う。それと、やっぱり赤ちゃんのために良い物を食べて、良く寝て、無理をしないで生きる、そんな生活が、ヒト本来の美しさを引き出すのかもね。直接カンケイのない話だけど、『Strawberry Time』の聖子さんの声を聴いて、ふとそんなことも思ったりした。