セイコ・アルバム探訪19〜『Precious Moment』

Precious Moment(DVD付)
 1989年12月発売の16thアルバム。
 デビッド・フォスターのプロデュースによる前作『Citron』から1年5ヶ月、古巣のサン・ミュージックを離れて独立、アメリカ進出を控えた時期に発売された、彼女にとって間違いなく「転換点」となった作品。それまで聖子作品のクオリティを支えてきた松本隆とも別れを告げ、結果としてスーパー・アイドル・松田聖子アイデンティティを自ら否定することによって、彼女が牽引してきた80年代、いわゆる“アイドル黄金時代”の終焉を象徴するような作品にもなった。
 アルバムチャートでの最高位は6位。オリジナルアルバムとしてはサードアルバム『Silhouette』(最高位2位)以来9年ぶりに1位を逃し、売上げも17万枚と全盛期には遠く及ばない結果となった。
 全作詞はSeiko Matsuda。そう、ここからが暗黒のセルフ時代の始まりね。プロデュースは当時CBSソニーのHirofumi Sato氏と、この当時の聖子を支えていた、アレンジャーの大村雅朗氏。
 この作品のリード・シングル「Precious Heart」を聖子さんが「夜のヒットスタジオ」で歌ったとき、その時に司会をしていた和田アッコが「なんだか言い訳ばかりに聴こえる」とかなんとか言って毒づいていたのを覚えているのよね。そんなことを本人の前で言うアッコもアッコだけど、確かに歌詞はこんな感じで。

ねえ…聞いてね 私の 大きな夢
誰にだって 言えなかったけれど…
今は素直な気持ちで打ち明けるわ
ほんの少し 恥ずかしいけれども…
 
心の奥で 燃えているものは
世界中にメロディー 届けることなの
     作詞:Seiko Matsuda

 うん、アッコが毒づくのもわからないでもない(笑)。歌詞というより「インタビュー記事」よねこれ。“渡米に向けて、聖子さんに今のお気持ちをお聞きしました。”その言葉、そのまんまって感じ。
 ただ、そんな感じで事務所独立騒ぎのなか、サンミュージックの後ろ盾も無くなって、渡米前からマスコミからやたらとバッシングを受けていた中、ひとり必死に希望に向かって進もうとしていた聖子さんが、今となってはいじらしくも思えてきたりもして。
 このアルバム、なんたって聖子さん本人の作詞能力の低さ、当時のその悪い印象があまりに強くて、今までほとんど聴き直したことはなかったのだけど、聖子詞のレベルに合わせて聴くことがようやくできるようになった(笑)今、改めて聴いてみると、もうひとつ、このアルバムに足りないものがあったことに気づいたのよね。
 それは、聖子のボーカルの弱さ。
 90年代(特に前半)のセルフ・プロデュースのアルバムは、曲のつまらなさをカバーして余るほどの“聖子ボーカルの魅力”があったように思うのね。だから、何となく、聴けた(笑)。でも、この『Precious Moment』の聖子さんのボーカルは、どこかに迷いがある気がする。口先だけで惰性で歌っているようにも聴こえる。それが、稚拙な詩作以上に当時のファンの耳には違和感を与えたのかも知れないな、なんて今になって思えるのだ。
 『Citron』の制作を通じてプロデューサーのデビッド・フォスターに発声法から発音まで徹底的に(“全米仕様に”)直されたという、聖子さんのボーカル。それを、この作品(何の変哲もない従来の聖子ポップス)の中でどのように使えば良いかを彼女自身が掴みかねているような、終始ちぐはぐな印象が残るのだ。
 国内ではママドルを演じながら、翌年の全米進出の折にはマドンナばりのダンス・ミュージック路線で登場してくることになる彼女、まだ自身の中でその整理が付いていないばかりか、周囲を見れば国内はバッシングの嵐で非常に厳しい状況の中にあった、そんな聖子さんのツライ環境を想像しながらこの作品を聴けば、そのボーカルの「迷い」がより鮮明に感じられるはず。(一方、アルバムジャケットの方はいつもの篠山カメラで“ママドル”全開のフェアリー・ショット満載。こちらの方は彼女の迷いがいっさい無くて、それも何だかなあ・・・という感じで。)
 さて、とは言いつつも、聖子の詞を除けば(笑)作曲家陣は結構ゴーカで、今となってはポップ・アルバムとして結構聴けます。このアルバムと次の『We Are Love』(1990年12月)は、全作詞Seiko、作曲がプロ作曲家という組み合わせによる数少ない作品で、そんな意味では貴重なシリーズ。

  • Chase My Dreams〜明日へのStep〜(作編曲:大村雅朗

 “今日の日より明日が もっと 輝いてく…”。聖子さんの言葉がどこか上滑りしている。ヴォーカルもどっちつかずな感じ。「Precious Heart」の亜流的作品。これを1曲目に持ってきたことが、一層ファンのガッカリ感を産んだような気がする。詞も曲もサウンドもあまりに平凡で、これじゃ、アメリカなんて無理よ!と言いたくなる。

 作曲の柴矢氏はもとジューシィー・フルーツのギタリスト。こちらは導入部の英語コーラスをはじめ、ストリングスをフィーチャーしたアレンジなどが印象的なポップ・ロックの佳曲。こまかな譜割でキュートなメロディーは『Strawberry Time』収録の「裏庭のガレージで抱きしめて」の続編的印象。エンディングのバロック調アレンジが白眉。

 1989年11月15日発売の先行シングル。オリコン最高位2位。「青い珊瑚礁」以来9年ぶりに首位を逃し、連続1位記録は23曲(12インチ盤を含めれば24曲)で終わった。チャートアクションも初登場2位→9位→18位と、聖子人気の陰りは明らか。いろいろな意味で80年代の聖子神話の終焉を印象づけた作品。当時一世風靡していたプリプリ・サウンドの力を借りてストレートなバンド・サウンドに挑んだこの作品、改めて聴くとソリッドで爽快な、これぞJ-popという感じで悪くないっす。

  • 冬のマリーナ〜潮風に乗せて〜(作曲:国安わたる、編:大村)

 アキナ「ジプシー・クイーン」の作曲者でもある国安氏による優しいメロディーが心地良いミディアム・ポップス。詞は「そよ風のフェイント」の冬バージョン的内容で、彼氏を置いて一人旅の主人公が、冬の桟橋や夕焼けの通りを歩きながら彼のことを思うという、詞の幼稚さを含めて心温まる作品(笑)。

 こちらはセルフ聖子お得意の王道ラブ・バラード。聖子ウェディング・ソング集『Seiko celebration』にも収録された。大村さんの構成のしっかりしたメロディーはさすがで、地味ながら味わい深い名曲に仕上がってます。90年代のセルフにくらべてボーカルが驚くほどあっさりしていて、ネチッこいボーカルで聴いたほうが案外ハマるかも。

  • あなたにありがとう(作曲:野田晴稔、編:大村)

 16ビートが刻むアレンジはポリス風で、いかにも80年代っぽい感じ。85年『The 9th Wave』の「夏のジュエリー」を彷彿とさせる、空に突き抜けるような壮大なメロディーと前向きに別れを告げる歌詞がマッチした佳曲で、ファンからの支持も厚い人気曲のひとつ。作曲の別名HALNEN氏は浅香唯織田裕二などにも曲提供しているアーティスト。

  • 月夜のDancing Beat(作曲:川上明彦、編:大村)

 シンセ・ダンス・ミュージック。ちょっとペラペラ感のある似非クラブ・ミュージックに乗る聖子さんの声が、こちらも全く薄っぺらで(涙)。なんだか残念な1曲。とはいえ、地味で目立たい女の子が月夜を浴びてディスコのプリンセスに変身する(苦笑)ストーリーにリンクして、サビ(♪ Dancing Beatで〜)から曲のビートも変わっていくあたりの構成はよく出来てます。作曲の川上氏はCocoやブラックビスケッツやしきたかじん(!)らに曲提供している人。

 次作『We Are Love』でも大活躍の高橋さんが、ここでも耳に残るメロディーの作品を提供している。サビの転調が心地良いポップ・ロックを、聖子さんが中音域中心のメリハリの効いたボーカルで気持ちよさげに歌っている。エンディングは男性コーラスとの掛け合いで「Fu、Fu〜」と小さなハミングでF.O.、ここもカッコイイ。

  • 二人だけのChristmas(作曲:小森田実、編:大村)

 編集盤『Christmas Songs』にも収録されたロマンチックなバラード。小森田実氏はその後幅広く活躍することになるシンガー・ソング・ライター。本来、クリスマス・ソングとしては大江千里作品「Pearl-White Eve」に並ぶ名バラードと思うのだけど、詞のインパクト(Seikoの作詞)と聖子自身のボーカルの調子が良くないため(ノッていない)、今ひとつの仕上がりに終わっているのが残念。

 オープニングでは当時のダンナ・神田正輝氏との喫茶店(?)での他愛ない会話を再現。そして短いイントロに乗せて「♪ あなたに出会って 世界中が バラ色に光り出したわ」と聖子のボーカルが入ってくる構成。辛いわ、いま聴くと(笑)。聖子さんの記憶からはこの曲、もう抹殺されているに違いない。いまや“ニホンイチのヴォーカリスト”に成長された(皮肉よ)徳永ヒデアキ氏作曲によるバラード。聖子はしゃくりあげも絶好調、ラブラブ絶頂、といわんばかりに情感たっぷりに歌ってます。英明ファンに、オススメ。
 
今回は思いがけず長くなってしまいましたね。最後までお付き合い、ありがとうございました。