聖子・その声の変遷を愉しむ

 30年も歌い続けていればねえ。声変わりもしますよねえ。ましてや、トップスターとして休む暇も無く喉を酷使してきたわけだから、いくらレッスンを休まず続けたとしても、声帯の劣化は避けて通れないでしょう。それになんたって、聖子たん、もう五十路近いんだしね。。。最近声が出なくなった・・・って、十代の頃の声と比べること自体、そもそも酷なハナシだわよね。
 ただそこで見方を変えるとね、ファンとしては別の楽しみかたもあると思うわけよね。つまり、時代時代の聖子さんの声の移り変わり・変遷を、敢えてポジティブに愉しんじゃいましょう、という聴き方。
 そう、今年は聖子30周年イヤーでもあるしね。デビューして30年、時とともに激しく変化してきた聖子さんの歌声。二度と戻らないあの頃・その時代時代の聖子さんの声だからこそ、やはり二度と戻らない僕らのひとつひとつの思い出とぴたり、リンクしていたりもする。これはある意味、ひとりのアーティストとファンの間の奇跡ではなかろうか・・・これほど一人で時代の変遷を体現し、感じさせてくれるアーティストは稀有だと思うのだ。その意味で、聖子ファンは、もしかしたらとてもシアワセなのかも、なんて思う。
 前置きはこれぐらいにして、早速、代表曲とともにセイコの声の歴史を振り返ってみようと思う。

  • 1980年〜1981年前半(スピード感ある地声ボイス期)

 「青い珊瑚礁SQUALL(DVD付)
出だし「♪あ〜私の恋は〜」の、スピード感と質感とを兼ね備えた存在感のある声。そしてAメロ「♪あなたと逢うたびに〜」で聴かせる、低音の柔らかなファルセット。これがのちのブリッコ唱法の原型になるのだが、澄んだなめらかなファルセットはこの時期しか聴けない。荒削りではあるけれど、全編に歌うことの悦びが溢れたその歌声は、圧倒的な魅力に溢れている。
 「チェリーブラッサム」。Silhouette~シルエット(DVD付)低音中心に地声で押し通すボーカル。「♪走り出した舟のあと〜」と高音まで一気に突き抜けていく声の力強さと、Bメロ「♪つばめが飛ぶ青い空は〜」のマイナー系メロディーで醸し出されるメランコリックな情感がこの頃の聖子の歌声の最大の魅力。ロック調のツインギターに乗って鳴り響くその魅惑的な声は、1981年春頃までのわずか1年間しか聴くことができない。

  • 1981年後半〜1983年前半(声変わりからブリッコ唱法確立期)


 「白いパラソル」。
最初の声変わり。早い話、喉を潰したわけだが、災い転じて福となる。これが魅惑のシルキーヴォイスの始まり。かすれ気味で吐息混じりの歌声は、持ち前の歌の説得力と切なさとを倍化させて新たなな魅力に。また、声が出にくいことから「ア・ア〜」と音の出だしで喉を締めて音節を区切る、独特の歌いグセもこの頃から顕著になっていく。そしてそれを逆手にとって、声の伸びよりもニュアンスを重視して彼女の新たな面(ブリッコ)を開発したのが大瀧詠一であり、アルバム『風立ちぬ』だ。風立ちぬ(DVD付)(参考曲:「いちご畑でつかまえて」。)
 「赤いスイートピー
「♪春色の汽車に乗って 海につれていってよ」は柔らかなファルセットと吐息混じりのウィスパー唱法との中間を行っていて、ピュアな印象の中に奥深い情感が隠れているこの曲の世界に見事にマッチしている。サビの「♪I will follow you」で声がひっくり返ってすがりつくような印象を演出したり、「♪このまま 帰れない 帰れない」では声が割れてそのまま泣き声に変わったり、デビュー当初の、全てをなぎ倒すようなパワー唱法が消えたぶん、声の表情は確実に増えて表現の幅が広がっている。

  • 1983年後半〜1984年後半(声枯れ期)

 「セイシェルの夕陽」(アルバム『ユートピア』より)。全盛期を迎えた聖子さんは、この時期、ハスキーな低音と扇情的な高音を駆使して数々の名唱を残しているけれど、実は疲労がたまって喉のコンディションはあまり良くなかったのではと推測する。ユートピア(DVD付)目一杯の情感は込めながらも、喉が締まった苦しい高音の出し方で歌う曲が増えていく。これはそれが顕著に現れた1曲。
 「Rock'n Rouge」。Rock’n Rouge(CCCD)大ヒット連続にCM出演などが重なり超多忙となったこの時期、彼女の歌声はハスキーさを増した低音は音程が不安定になり、喉を絞めて歌う高音はか細く少し幼い印象の声に変化していく。情感はやや荒くなるが、その分、歌の主人公もキュートでちょっと気の強い女の子像が中心になっていき、彼女の声の変化と巧い具合にリンクしていった。そこがすごいところ。

  • 1985年(安定期)

 「天使のウインク」。天使のウインク   (CCCD)この時期になると、ハスキーなシルキー・ヴォイスがようやく完成を見る。「♪音符のようにすれ違ってくのよ〜」の“すれちが・〜ってく”という「ア」音の強調も、「のよ〜〜」のあとの絶妙なビブラートも、魅惑のシルキー・ヴォイスだからこそと言うべき魅力が、すべてのフレーズに溢れている。この曲が収録されたアルバム『The 9th Wave』は、80年代の名盤群の中でこそ印象が薄いけれど、独身時代の聖子ボーカルの絶好調さではピカ一の作品。The 9th Wave(DVD付)

  • 1986年〜1988年(美声期)

 「Strawberry Time」。Strawberry Time(DVD付)結婚・出産による1年の休養で、聖子さんの声は見事にブラッシュアップされて甦る。この時期の声の美しさは彼女のキャリアの中でも最高だと俺は思うのね。低音部は透明感を増し、高音部は丸みを帯びて柔らかい。そしてそれら全部の声に絶妙にハスキーな吐息が混じり合っているのがこの時期の聖子さんの声の特徴。この曲をはじめ「瑠璃色の地球」「Pearl-white Eve」など、壮大なバラード曲が多くなって、彼女の歌い方もこれまでの“喉絞め声”ではなく、素直な発声と美しい発音で清楚な印象の作品が多い。子育てで活動をセーブしていた時期でもあり、作品数が少ない分、この美声期は2年ほど続いた。

  • 1989年〜1999年(第2安定期)

 ここから先は駆け足で。
 「How Can I Fall?」(アルバム『ETERNAL』より)。Eternal全米デビューを通じてのヴォイストレーニングの結果が最も良く現れたのがこのアルバム。力の抜けた歌声が魅力だった、それまでの“美声期”の良い部分を継続しつつ、声に強さが加わっている。洋楽のカバーアルバムだが日本語詞で歌っており、聖子さん自身の日本語への意識の変化の表れか、日本語の発音の丁寧さが光っていて、言葉の伝播力がスゴイ。
 「きっと・・また逢える」。きっと、また逢える・・・セルフ時代以降の彼女の歌声は、自作の詞が圧倒的に一人称での独白的表現ばかりである為、そのぶん、表現も歌唱も次第にワンパターン化していく。この曲の歌い出し「♪抱きしめた あなたの手の〜」での、言葉をもったりと引きずる歌い方。「シ」の発音の過剰な強調。「あなたの手の」は「手ノ〜ン」と鼻に抜く。セルフ初期のこの作品には、その後の歌いグセがすでに全部現れている。声は相変わらず好調でも、表現力で後退したため、これ以降の曲は総じて印象が薄い。

  • 2000年〜(ゆるやかな衰退期)

 「いくつの夜明けを数えたら」。いくつの夜明けを数えたら(初回限定盤)(DVD付)2000年代の聖子さんの歌声は、1983年後半からの“声枯れ期”に良く似ている。低音はハスキーさと濁りが増し、高音は目だって出辛くなっている。歌い方のパターン化も進んでおり、再び「ア・ア〜」と音を喉で切る歌い方が顕著になる。一方、強めのビブラートとファルセットを多用したボーカルも近年の特徴で、この曲のような切ないバラードでは年齢相応の枯れた味が出てきているのも確か。
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 さて、ざっと聖子の30年を振り返ってみましたが、長くなっちゃいましたね〜。最後までお付き合いありがとう。