セイコ・アルバム探訪2〜『Tinker Bell』

Tinker Bell(DVD付)
 1984年6月発売の9thアルバム。シングルでは「Rock'n Rouge」「時間の国のアリス」収録。「Rock'n Rouge」は聖子さん本人が出演したカネボウ化粧品(バイオ口紅・・・懐かしいわ!)CMソングとして、同年の年間チャート3位に入る大ヒット。まさに国民的スターとして飛ぶ鳥を落とす勢いで、化粧品モデルとしても町中に聖子さんの笑顔で溢れていた、人気絶頂期の作品。
 ただ、当時のこの作品に対する俺の印象はあまり良くなかったのよね。。。その原因のひとつは、聖子さんの声が疲れていること。国民的スターとしてメディアで彼女を目にしない日は無かったような状態だったから、おそらくその合間を縫っての厳しいスケジュールでのレコーディングだったに違いない。高音部の声は細く、喉を締めたように辛い発声が目立ち、低音部はガサついて音程が不安定になっている。もともと聖子さんはわざと低音の音程を甘くして歌って、計算づくで男性に甘えるコケティッシュな女の子を演出するのが得意なのだが、このアルバムではそういった意図の不要な「いそしぎの島」のようなバラードでも音程の不安定さが目立ち、本来の彼女のボーカルにあった「驚異的な集中力」が発揮しきれていないような気がするのだ。
 彼女にしては全体に情感もガサツな感じがする。まあこれは「メルヘンの世界」という現実からかけ離れたアルバム・コンセプトによって聴き手も想像力を逞しくせざるを得ないので、それに助けられているのだけれど。ここでは聖子さん、魔女になったり野生児になったり宇宙飛行士になったり、突拍子もないキャラ(笑)になりきることで、繊細な表現はせずとも上手に“こなせている”印象がある。そこがこのアルバムならではというところ。コンセプトの勝利でしょう。
 あとはこのアルバム、収録曲数が9曲と、通常とくらべて1曲少ないことも“やっつけ感”がどことなく感じられて何だかな〜という印象だったのよね。2曲分に値する大曲が含まれているならまだしも、シングル2曲も入っておまけに聖子の声も不調で1曲少ないというのは、どう見ても「時間がなかった」としか思えなかったのよね。
 ただ、あとで動画サイトにも出たのだけど、当時の歌番組「ミュージックフェア」で披露されながらおクラ入りになった五輪真弓さん作品「街角のカフェテラス」という幻の曲があったことを考えると、このアルバムだけ「9曲」というのも腑に落ちるのよね。その「街角のカフェテラス」(←動画にリンク)、確かに聖子さんにはちょっと・・・という感じでして、特にこのアルバムコンセプト「メルヘン」からすると「収録は無理ね」といわざるを得ない(笑)。
 さて、そんな作品『Tinker Bell』だけど、今改めて聴くと、聖子さんの声はいつになくトルクが重いけれどそれがひとつの味わいになっているのも確かで、特にミディアムからアップテンポの曲で伸ばした声にかかるビブラートと、しゃくり上げる泣きの声に時折はっとする色っぽさが漂い始めているのがわかる。ひとつのボーカル作品としては悪くないのよね。
 LP発売時の帯コピー:四次元の光に輝き 聖子、神秘的。
 真っ赤なジャケットのバックライトに照らされた聖子さん、確かにそんな感じかも。
 さて、収録曲の紹介です。この作品はテクノっぽいアレンジの曲が多いのが特徴。もちろん全曲、作詞は松本隆さん。

 車のエンジン音から始まる軽快なポップ・チューン。今聴くとシンセの音が時代がかってちょっと安ぽい印象かも。林哲司からの初提供作品は予定調和ながら相性バッチリ。それと聖子さんの声がすごくハスキー。「♪ 誰も誰も追い越せないの〜〜」という部分での唸るようなビブラートにギュッと胸を鷲掴みにされる感じ。

  • ガラス靴の魔女(曲:南佳孝、編:船山)

 冒頭「♪ アンブレラ手にフワフワ」のボーカルの音程がフワフワと文字通り不安定で、そこがまたキュートなのね。セイコさん、これが計算だったら凄いのだけど…。オーソドックスなポップスながら、サビの「♪ ガ〜ラスぐつの〜 まじょ・が〜」のメロディー&ボーカルに不思議な味があってクセになる曲。南佳孝さんとセイコさんの相性もバッチリなのです。

 こちらは尾崎亜美さんからの初提供曲。独特な浮遊感のある尾崎さんの瑞々しいメロディーが光るバラード。聖子さんの発声が辛そうで、サビで畳み掛けるメロディーが続く部分では、珍しくブレスも苦しそう。そのせいか情感も荒い印象がする。本来歌い直しても良さそうなテイクだと思うのだけど、やっぱりスケジュールがきつかったのかしら。でも名曲は名曲なので、それで救われている感じ。残念な1曲かも。

  • 密林少女〜ジャングル・ガール(曲:林、編:大村)

 ピコピコのコンピュータアレンジのイントロ。「♪ 私はジャングル おませなジャングル・ガール 枝を飛んで逃げてしまうわ」って。この突拍子もない世界が、聖子のボーカルでリアルに映像化されてしまう。聖子・松本マジックここにあり、みたいな曲。近年のカウントダウンコンサートでも何度か歌われている。

 84年5月発売・17枚目のシングル。1位2週、トップテン圏内に7週、売上げ47.7万枚。映像喚起力に優れた松本さんの詞に、ユーミンのフックたっぷりでカラフルなメロディー、全編にギターが鳴り響く大村氏のクールなアレンジ。それに聖子さんのボーカルはニュアンスたっぷりで、フレーズ終わりのしゃくりあげや息つぎまでもすべて「表現」の一部になっている感じ。聴き所満載の贅沢な1曲。(以上、過去ログから引用です 汗)。

  • AQUARIUS(曲編:大村)

 吉川さん「モニカ」に出だしが似ていることで一部で話題になった。アップビートのテクノ・ロックで、聖子さんは「アクエリア〜ッス」と気持ちよさそうに歌ってます。コンピュータ・サウンドにからむ美しいストリングスが印象的な曲。

 おそらく映画「E.T」をモチーフにした美しいメロディーのワルツ。メロディーの裏で遠くから鐘の音のように響くシンセのオブリガートが素敵な名曲。ただ聖子さんが疲れた辛そうな喉声で音節をブチブチ切った歌い方をするのが残念で、これを結婚休養後の澄んだ声で歌ってくれていたら「瑠璃色の地球」並みの作品になったかも。

 16枚目の大ヒットシングル。1位4週、トップテン圏内に9週、売上げ67.4万枚。ギター単音でリズムを刻むイントロがとにかくカッコ良くて、初めて聴いたときにこれは1位になる!と確信した曲でした。ユーミンはセイコへの曲提供はこれが最後、と決めていた作品らしく、セイコ作品の中ではズバ抜けて“正統ユーミン流”なメロディーになっている気がする。

  • Sleeping Beauty(曲編:大村)

 大村雅朗作、シンプルなようでいてとても凝ったメロディーラインのバラード。当時、ファンの間では人気の曲だったけれど、俺にはどうも単調でニガテな1曲でした。どうしても“セイコさん、もっと上手く歌えるでしょ?”と言いたくなっちゃう。この時期の聖子さん、意外にバラード作品に残念なものが目立つ気がするのは俺だけ?
 
 以上、今聴き直してもやっぱり、俺としては全盛期のセイコ作品の中ではこの『Tinker Bell』には消化不良な感じが残るかな?な〜んてことをシロートがいくら言ったとしても、アルバム売上げはLP35万枚・カセット16万本の大ヒットアルバムだったことに変わりありませんのでね。