セイコ・アルバム探訪9〜『風立ちぬ』

風立ちぬ
 1981年10月21日発売の4thアルバム。
 アルバムチャートでは1位を記録しながらLP売上げ枚数は21万枚と、軒並み30万枚越えを記録していた当時の聖子のアルバムとしてはちょっと成績不振。
 同じ1981年のシングルを見ても「チェリーブラッサム」67万枚→「夏の扉」57万枚→「白いパラソル」49万枚と、売上げはやや右肩下がり傾向にあって。シングル「風立ちぬ」は最終的に粘って52万枚と健闘するものの、チャート1位在位は1週のみにとどまり、こうして数字的に振り返れば、デビュー2年目の聖子たんはデビュー年の飛ぶ鳥を落とす勢いも一段落して、百恵なきあと一気に彼女に飛びついた“にわかファン”層がふるい落とされて、その後の固定ファン層を作り上げていく重要な一年だったような気がするのだ。そこには、この年「夏の扉」のあとで喉を潰してしまい、それまでのパワー唱法で勝負出来なくなったフィジカル要因と、デビュー年の座付き作家だった小田裕一郎三浦徳子コンビから離れて財津和夫大滝詠一そして松本隆と出会い、作品の質的に大きな変容を遂げた年であったことが背景にあるのは間違いないと思う。そんな「大変化」を受け入れ、ついていったファンも大したものね、いま思えば。
 さてそんなアルバム『風立ちぬ』。横軸で見れば同年に『A LONG VACATIONA LONG VACATION 20th Anniversary Editionでブレイクした大滝詠一が片面を担当した“ナイアガラ・サウンド”の流れを汲む作品であり、その点では聖子の全アルバムを見渡してもやや異色・孤高な印象を放ちながらも、一方では初めて松本隆先生が全曲作詞で加わった記念碑的作品でもあり、聖子の転換点となった重要なアルバムと言える。
 ハスキーに変わり始めてちょっと風邪を引いたような聖子たんの声は、デビュー当初の勢いはないけれど、それはそれでオンリーワンな魅力に溢れている。このアルバムでしか聞けない声ね。一説によると大滝先生は歌詞を一旦ローマ字に変えて、言葉を“音に変換”してから歌わせるのだとか。そんな教育を受けたからかはわからないけれども、このアルバムから音節ごとに切って歌う聖子たん独特の歌い方がより顕著に表れてきていて、独特の説得力を持ち始めている気がするのはそのせいかも。
 実は俺、このアルバムが聖子の全アルバムの中でも1、2を争うくらい好きなのよね。今だに全曲通しで良く聴くアルバムなのだ。凍えるような冬の夜、温かくした部屋で紅茶でも飲みながらゆっくりと味わいたい、そんな気にさせられる作品。(売上げと内容とはリンクしないものね!)
 LPの帯コピーは「こころの香り 聖子、いま19のメッセージ」。なんのこっちゃ、なカンジだけど(笑)。作詞は全曲、松本隆。編曲はA面5曲が多羅尾判内こと大滝詠一。B面の編曲はシングル「白いパラソル」(大村雅朗)以外の4曲を元はっぴいえんど鈴木茂が担当している。こちらも爽やかなアレンジでなかなか。

 アコースティック・ギターの軽やかなイントロからピアノとタンバリンがシャンシャンとこまかい3連のリズムを刻む、これぞフィル・スペクター(音壁)サウンド。それに乗る聖子さんの声はハスキーに「冬にぃ・咲くバラ・お〜」と必殺の音節切りでこれも音圧のある声で音壁の一員を構成。近年のカウントダウンライブでも定番曲のひとつ。

  • ガラスの入江(作曲:大滝)

 導入部のアカペラからハスキーな聖子さんの切ない歌声を全面フィーチャーした失恋バラード。Bメロ「濡れた砂に」あたりの無理やりなメロディー展開がいかにも大滝氏らしい。ラストの「ほんの少しだけ/涙も流したの」でリタルダンドしながら聖子さんは声を割って涙声に。その辺のヒラメキが凄いのね。ちなみにこの曲、ニール・セダカの曲のオマージュ(パクリ?)だそうで、Trotさんのこちらのブログに素晴らしい解説がありますので是非。

 こちらはドリーミィなオールディーズ風キャンディ・ポップ。バック・コーラス(あの伊集加代子さんが参加しているのです)“バ〜ン・シュバン”がサウンドに一層の華やかさを添える。ところでこの曲は詞世界もサウンド的にも同じ大滝氏の手による同年3月発売の太田裕美さんのシングル「恋のハーフムーン」との姉妹曲・完成版といえるかも。機会があったら聴き比べてみてね。

 聖子ブリッコ・ソングの記念碑的作品。大滝さん、完全に聖子たんを素材にして遊んでます。聖子さんはというと、短い音節のあとのしゃくり上げも全開でキュートにそれに応えてます。クシュンとわざとらしいくしゃみ、そのあとのビ・ダン・ビ・ダン・ビ・シュビシュビダンの必殺ブリッコ・スキャットにも、大滝さんのロリロリ趣味に辟易しながらも、ついついリピートしてしまう私・・。ちなみにエンディングでスキャットがリプライズで出てくるところは、いちご畑の中を逃げ回るうさぎちゃんが見え隠れするイメージかな?と。

 アルバムに先行して10月7日発売の7thシングル。初登場2位で翌週1位(1週)、トップテン圏内に8週間。ポッキーのCMソングとしてお茶の間に浸透しました。典型的フィル・スペクターサウンドということで、当時ヨーロッパのラジオ番組でこの曲が話題になったという雑誌記事を読んだ記憶がある。ややメロディーが冗長な(クドイ)感じもあって、ファン投票で構成された25周年アルバム「Best of Best」では意外にもランクインせず、収録されなかった。

 ここからはLPのB面で鈴木茂アレンジ。CDで多羅尾アレンジの濃ゆ〜い5曲のあとに続けて聴くと、余計にすっきり爽やかに聴こえてしまうのね(笑)。前サビの高音歌い上げ系の曲ながら、聖子さんはやや抑え目の歌唱で味わい深くも軽やかに歌っている感じ。次作『パイナップル』に近いカルピス・ボーカル。

  • 黄昏はオレンジ・ライム(作曲:鈴木茂

 ミドル・テンポのしっとり系の曲。Aメロではちょっと鼻にかかった聖子さんの声がちょっと気取った印象で、異色。ハスキーに大人っぽくなった自分の声を自ら楽しんでいるみたいに聴こえる。無意識の天才、聖子たんにしては珍しく自意識に囚われた“作られた”ボーカルは、なかなか面白い聴きもの。

 7月21日発売の6thシングル。初登場24位ながら翌週に1位(3週)、その後トップ3内に都合6週間留まるロング・ヒット。デビュー以来はじめてのミディアムテンポのシングルということで、ファンにも当初は戸惑いもあったが、聴く程に味が出るスルメ・ソングの代表であるこの曲こそ、その後の聖子ソングの方向性を決定づけたと言えるのかも。この時期しか聴けない、ハスキーになりかけの聖子さんの声も、とても魅力的。歌ってみてわかるのだけれど、メロディーがほとんど下降旋律というのがカギで、それがこの曲に独特の存在感を与えているのだと思う。メロディーメイカー財津さんの凄さを認識できる1曲。(過去ログより転用)

 こちらは松本センセの歌詞に唸らされる曲。リゾートへドライブに行くカップルを待つ、あいにくの雨。「あなたの車の中で/カーステレオ黙って聞いた」そして最後は「恋の雲ゆきがあやしくなるから/もう帰ろうよ雨のリゾート」。あるよね、こんなガッカリなシチュエーション。聖子さんの切ない声がよりリアリティある世界を作り出す。名曲ですわ。ちなみに作曲の杉さんはこのあとご存知“ナイアガラ・トライアングル”に参加となり、晴れて大滝組の一員に。

  • December Morning(作曲:財津)

 歌詞の世界は聖子版「ロッジで待つクリスマス」。一方、財津さんのメロディーは「野菊の墓」の挿入歌「野の花にそよ風」に似た雰囲気があって、ポップスというより壮大な合唱曲といった趣きもある。静かなバッキングにのせて丁寧に情感たっぷりに歌う聖子さんのボーカルが堪能できる作品。間奏の鈴木氏のギターも聴きどころ。