太田裕美アルバム探訪⑨『手作りの画集』

hiroc-fontana2006-07-24

 1976年6月発売の4thアルバム。オリコン最高位3位の大ヒット作。「赤いハイヒール」リリース直後であり、裕美さんが最も旬なアーティストとして注目されていた頃の瑞々しい魅力に溢れた傑作だ。
 このアルバムにおける太田裕美の声にはまだ少し幼さが残っており、ミルキー・ヴォイスともいうべき甘ったるい印象がある。舌足らずな発音も含めて一歩間違えばロリータ路線であるが、そんなところが当時妹的なキャラクターとして大学生から絶大な人気を得ていた理由なのだろう。いずれにしても、彼女としては全アルバム中最もアイドル色が濃い印象の作品集であり、アイドル作品でありながら音楽的にもしっかりと作りこまれたアルバムの初期の成功例として、この作品集がのちの松田聖子をはじめとする80年代アイドルに及ぼした影響は計り知れないものがあるように思う。
 収録曲11曲のうち、本人が作詞作曲した1曲を除いて作詞:松本隆、作曲:筒美京平の黄金コンビの手による。アレンジは萩田光雄6曲、船山基紀2曲、筒美京平が3曲を担当し、全体にシンプルなカントリー・ポップス系のサウンドで統一されている。「画集」のタイトルどおり、色にちなんだ題名の曲が多いが、全体の印象としてはオレンジ・赤・ベージュ・茶色といった暖色系が強い。それがカントリー系サウンドと相まって、セピア色のノスタルジックな日本の原風景を思い起こさせる。松本さんの詞が持つ見事なイメージ喚起力が冴えた逸品でもあるのだ。

  • オレンジの口紅」。のっけから裕美さんのハミングから始まる1曲目は、完成度の高いポップス。上昇音階のAメロで早くも最高音が出て裕美さんの美しいファルセットを引き出す方法論は「木綿のハンカチーフ」を踏襲。さわやかな中にちらりとのぞく哀愁も、当時の裕美さんの大きな魅力である。名曲。
  • わかれの会話」。定番の男女会話ソングながら、どこまでもすれ違う男と女の思いを表現した詞が切ない。アップテンポの爽やかな曲調ながら、痛々しいほどの切なさを醸し出すのは、当時の裕美さんのファルセットがとてつもなく美しく儚げでフェミニンな魅力に溢れていたからだと思う。
  • 都忘れ」。風なびく麦畑。走り去る雲の影。田舎を持たない俺にも、胸かきむしられるような郷愁に誘われるバラードの名曲。最後のルル〜というハミングに被さるコーラス、今年も咲いたわ、都忘れが・・・のリフレインがいつまでも心に残る。
  • 青空のサングラス」。爽やかなカントリー・ソング。サングラスを外したときのクラクラするような眩しさで「生きることの幸せ」を表した生命賛歌。歌詞に「木綿のハンカチーフ」が出てくる遊びも面白い。
  • 赤いハイヒール」。第5弾シングルとして発売されて間もなくこのアルバムに収録されて再リリース。シングル・アルバム共に大ヒットしたのだから、当時の裕美さんの勢いは凄かったのだ。
  • 遠い夏休み」。多重録音による一人コーラスも素晴らしい永遠の名曲。川遊び・祭・縁日など懐かしい日本の原風景を鮮やかに切り取った詞とメジャー・マイナーの哀愁メロディーが醸し出す世界は、聴く者を少年・少女の時代へとタイムスリップさせてくれる。高田みづえも自身のアルバムで取り上げたらしい。
  • カントリー・ロード」。小坂明子「あなた」に通ずる純な乙女の花嫁願望。メルヘンチックな夢の世界、アイドル太田裕美ここにあり。という感じ。
  • ベージュの手帖」。やや歌謡曲寄りのマイナー・ポップス。オノ・ヨーコを題材にしたという、主人公を三人称で表現した歌詞が秀逸で、耳に残る曲。やや平板なアルバム後半部分のアクセントになっている。
  • 白いあなた」。ここで突然舞台は銀世界。本人作詞・作曲のこの1曲は、ちょっとした箸休めといった感じ。ボサノバのなかなかシャレたサウンドで、終始ファルセットで歌う裕美さんも気持ちよさそうだが、少し単調かも。
  • ネムーン・ララバイ」。コミカルな味わいで裕美さんも楽しそうに歌っているカントリー・ポップ。当時ラジオで人気を博した飾らない明るいキャラがそのまま出ている感じ。
  • 茶いろの鞄」。ラストを飾るのは、赤いハイヒールのB面にも収録された傑作。フルートを効果的に用いた萩田光雄のアレンジも出色で、太田裕美サウンドが洋楽的な音作りに大きく転換したのは実はこの曲が境目だったのではないかと思う。裕美さんのボーカルは「青春真っ只中」という印象のこのアルバム中、最も大人びていて、淡々と青春を振り返っているように聴こえる。3コーラス目でAメロとBメロが入れ替わっているところや、基音に着地しないままのアウトロで裕美さんのHA〜という美しいハミングとフルートのアドリブが絡みながら余韻を残して終わるエンディングとか、聴きどころが満載。松本氏お得意の青春回顧の歌詞も、ジュブナイルのような瑞々しさを湛えている。