セイコ・アルバム探訪27〜『Windy Shadow』

Windy Shadow
 1984年12月8日発売の10thアルバム。 
 このアルバム、発売当時は本当に良く聴きましたわ。それくらい慣れ親しんでいる作品にもかかわらず、3年ほど続けているこの「アルバム探訪」企画では今まで取り上げないまま、ここまで来てしまった感じなのよね。なぜかしら。。。聖子さんのボーカルは安定感たっぷりで全盛期を通じても最高レベルだし、収録曲にしても相変わらずのハイクオリティで、作品としての完成度は文句無し、なのにね。
 でもね。いざ実際にこのアルバムについて語ろうとすると、どこを取っ掛かりに書いたらいいのか、難しくて中々ペンが進まないのも確かだったしりして。それは、このアルバムと同じ年の夏に出た9th『Tinker Bell』での“ファンタジー路線”というような明確なコンセプトがこのアルバムには無かった、という理由が大きいとは思うのだけれど、それ以上に、この当時の聖子さんのイメージそのものが、今思えば非常に捉えにくいものになっていたような気がして、そのあたりも理由としては大きいのかな、なんて思うのだ。
 当時の聖子さん。前年83年の「SWEET MEMORIESガラスの林檎    (CCCD)の予想外の大ヒットによって、“タダ者ではない超アイドル→大物感”のイメージが広く浸透してきた頃で、それにとどまらずこの年、84年春には例の“♪ピュア・ピュア・リ”(ロックン・ルージュ)Rock’n Rouge(CCCD)がCMでバンバン流れたりして、こちらも67万枚の大ヒットとなり、まさにキラキラの大スター(おまけに化粧品モデルとして“美女カテゴリー”の一員にも仲間入りして)、まさに日本のミュージック・シーンのトップに上り詰めたような状態だったわけね。
 そんな中、スタッフサイドとしては、「すべてやり尽した」感は確かにあったようで、松本隆さんもこの時期、かなり詩作面では煮詰まっていたという話も漏れ伝わっていたりする(それについては後述)。この次のアルバム『The 9th Wave』でクレジットから松本さんが外れたのも、その後聖子さんが結婚休養に入ったのも、考えてみればすべて必然だったのかも。今思えばそんな気もしてくる。
 1984年のシングル売上を見れば、2月発売「Rock'n Rouge」67万枚 → 5月「時間の国のアリス」48万枚 → 8月「ピンクのモーツァルト」42万枚 → 11月「ハートのイアリング」38万枚と、明らかに“ピュアピュアリ”をピークに右肩下がり。スタッフが八方手を尽くしても“キラ星大スター聖子”はもはや明らかにその人気の頂点を極めた(越えた)感じはあったわけよね。要は、飽きられ始めていたということかしら(汗)。
 そんな状況下、結果として、それまでの彼女のアルバムが終始「無尽蔵の可能性を秘めたアイドル・松田聖子」の新たな可能性を広げるための表現手段という役割であったのに対して、アルバム『Windy Shadow』は、「もはや頂点を極めた(完成された)トップスター・松田聖子」のバリエーションを提示するための手段としての役割へと切り替わった、初めての作品なのかも知れない、なんて思うのだ。そう、つまりこの作品では明らかに聖子のスターとしての存在の大きさが、アルバムコンセプトの遥か先を行っている、そんな感じがするのよね。良く言えば聖子の第一成熟期に生まれた余裕シャクシャクのアルバム。でも一方ではそれ以前の聖子のアルバムに必ずやあった、ドキドキワクワクはもう無い。そういうことね。
 アルバム帯コピーは「ガラスにきらめく摩天楼 恋は偶然、いまあなたと朝食を・・・聖子」。アルバムチャートではもちろん1位、売り上げはLP36.4万枚、カセット15.5万本。
 この作品で初めて聖子に作品提供したアーティストは佐野元春矢野顕子、NOBODYという個性的な3組。
 前置きが長くなりました。それでは曲紹介です。全曲、作詞は松本隆氏。

  • マンハッタンでブレックファスト(作編曲:大村雅朗

 ♪目覚めると横に見知らぬ寝顔が。。 あなたは誰?という、聖子たん初の「お持ち帰り」(笑)ソング。いま思えば松本さん、こうした一種ショッキングな内容の歌詞の曲を歌わせて彼女を次のステージに上げようとしていたのかもね。まあ、今振り返るとある意味、聖子たんの本質を突いた内容だったような気もするけどね(苦笑)。翌年1月発売の「天使のウインク」がこの曲と曲調が酷似していてビックリした覚えがある。

  • 薔薇とピストル(曲:SEIKO、編:大村)

舞台はマンハッタンからテキサスへ。イメージはマリリンの「帰らざる河」かしらね。「Canary」以来の聖子たん作曲作品。メロディの質的には鼻歌の域かしら?なんて思うのだけど(ごめんなさいね)、ボーカルは聖子さんの緻密なニュアンス表現が素晴らしくて、見事な“冒険活劇”に仕上がっている感じ。“♪ 指でつくるピストル、引き金が引けないの”。このインスピレーションに乾杯(完敗)です。

  • 今夜はソフィストケート(曲:Holland Rose、編:大村)

作曲はオランダの薔薇(!)こと佐野元春。詞の内容はシングル「ハートのイアリング」の後日談というハナシもある。一度別れた彼氏からの突然の電話。遊びとは知りながらも、懐かしさからつい誘いに乗ってしまう主人公の女性。精一杯強がりながらも、何処かで微かな期待を抱いている微妙な感情の揺れを鮮やかに切り取った松本さんの歌詞が見事。唐突に始まり、唐突に終わる曲構成はいかにも佐野元春の個性が現れていて、地味ながら印象に残る作品。

 まずは個性的な矢野さんのメロディをしっかり自分のものにして、このアルバム一番の聴きものにしてしまった聖子さんのうた力(ちから)に拍手。こちらは私も大好きな曲で、この曲を単独で取り上げた記事「セイコ・ソングス6」をどうぞ。

  • ハートのイアリング(曲:Holland Rose、編:大村)

 1984年11月1日発売の先行19弾シングル。俺としてはこの曲と出会って初めて、乾いた底抜けに明るいメロディの曲がこれ程までに冷めざめとした失恋の哀しみをリアルに伝える媒体となり得るのだ、ということを知ったような気がする。派手さはなくとも聴くほどに味の出る聖子らしいスルメ・ソング。チャート成績は1位に2週、トップテン圏内に7週。テレビでは黄色いジャケットにパンツ、きりっとした出で立ちでこの曲を歌う聖子さんがインパクト大でしたね。

 B面1曲目はタテノリ、ハデ目のポップス。主人公はディスコで年下の彼をリードするやり手ババア、もとい、イケイケのイイ女。80年代ですわ〜。最近のカウントダウン・ライブでも取り上げられた。“Oh baby baby baby”のリフばかりが耳に残る。

  • MAUI(曲:NOBODY、編:大村)

 ここで舞台は南の島へ。冬発売のアルバムに収録されたことで、このアルバムのコンセプトをより混乱させる元凶曲ながら、サビでの波のようにうねるメロディーとそれに乗る聖子さんの美声についついトリップさせられてしまう、ロマンチックな魅力あふれる作品。エンディングでサビのメロディーのインストをバックに現れるCメロ(水の底に・・・潜りながら・・)のアイデアが斬新。

  • 銀色のオートバイ(曲:林哲司、編:戸塚)

 コンパクトに仕上がった小気味良い上質のポップス。主人公は峰不二子ばりに素肌に皮ツナギをまとったロングヘアの女ライダー。「口答えもしない おとなしい女が あなたの望みなの 無理な相談だわ」。そして聖子は松本隆先生を振り切って、セルフの世界へ・・・みたいな(笑)。「銀のバイク 自由な風に乗り 私を連れてって 知らない海へ」。。サビのメロディーを実に気持ちよさそうに歌うセイコさん、妙に説得力があるのは、この詞に本気で共感しているからかも。なおWIKIによれば、初回盤のみ別MIXとのこと。

 8月1日発売の18弾シングル。詩作に煮詰まっていた松本氏がこの作品に関して「この企画でも通ってしまうのか」と言ったとか言わないとか。「Rock'n Rouge」に続いて化粧品のCM(秋バージョン)ソングとなった。抽象的な詞世界に呼応して細野氏のメロディもどこかおぼろげで掴みどころのない印象の作品。ある意味、この曲こそ世界観を掴みにくい『Windy Shadow』というアルバムを代表すべき1曲と言えるのかも。細野・松任谷のティン・パン・アレー・コンビによるデジタル楽器を使いながらもクラシカルで奥行きのあるアレンジが秀逸。チャートでは1位に1週ながら2位1週→3位5週と地味ながら粘り強いチャートアクションで、トップテン圏内に7週とどまる大ヒット。曲そのものよりもこの曲を歌う聖子たんの、太眉・リーゼントヘアにフリルドレスという、どこかちぐはぐなビジュアルの方が印象的、だったかも。

  • Star(曲:林、編曲:大村)

 そしてラストは壮大な(そしてベタな)王道バラード。大スターの悲哀を歌った歌詞はどことなく百恵さんの「ラスト・ソング」を想起させる。この曲をビブラートたっぷりに感情込めて歌う聖子さんは、まさに2000年代の「ディナー・ショウ・スター・聖子」を予感させる感じ。近年、聖子さんがこの曲を好んで歌うのも、よくわかるような気がする。そういった意味では、この曲をラストに持ってきたこのアルバムは、80年代聖子の集大成でもあり、21世紀に生き残った「バラード歌手・聖子」の誕生を告げる、橋渡し的な作品にも思えてくる。
 
 何やかや言って結局はいまだに全曲通して聴ける、内容の濃いアルバムなのよね。スゴイことよ。

Windy Shadow

Windy Shadow