『宇宙図書館』松任谷由実

宇宙図書館(初回限定盤)(DVD付) ユーミン38枚目、3年ぶりの新譜です。アルバムチャートではオリジナル盤としてほんっと〜に、久しぶりのウィークリーNo1を獲得(おそらく97年の『Cowgirl Dreamin'』以来)。御年62歳での1位。女性ではライバル、まりやを抜いての“最年長記録”だとか(苦笑)。
 デビューから40年以上の歳月を経る中で、人として、良くも悪くもおそらくは市井の人々には想像も出来ないような経験を重ねてきたに違いない、この方。凛とした強気の姿勢を崩さずに、常に才気溢れる“ユーミン”であることを求められ、その期待に応え続けてきたそのプレッシャーを想像するだけでも、平凡極まりない人生を送って来た自分なぞは目が眩むばかり。
 でも。どんな人生にも分け隔てなく、そして容赦なく、刻々と時は刻み続けているわけで。
 70年代のユーミン、80年代のユーミン。90年代、00年代、そして2016年・・・。その間にユーミンが重ねてきた「時」がいま、こうした形で表現されて、自分の重ねてきた“時”と重なっている、そこが、奇跡・軌跡・奇跡・・・に思えて。
 『宇宙図書館』を聴いて最初に感じたのは、そんなこと。
 かつての、その時代に落とし込まれた縦糸・横糸を拾い上げて、次々にキラキラと輝くタペストリーを織り上げていく言葉とメロディーの職人・ユーミンの影は、もう随分と薄くなって、今の彼女は、黙々と土を練り釉薬を慎重に選び抜いて、深く静かに自分の色を表現していく陶芸職人のように思える。いま、ユーミンが創る音楽は、まずは彼女自身との対話であり、彼女が重ねる時であり、おなじ時を伴走してきた者のみがその価値を分かち合えればよいもの、もしかしたら今、彼女はそんな風に考えているのかもしれない。
 このアルバム、新譜だし録音もとても良いけれど、その一方メロディーもアレンジ(「AVALON」は80年代のTOTOみたいだし、EDMの「星になったふたり」はユーロビートに聴こえるし)も、新しいものははっきり言って、何も無い。歌声も少し錆びついて、かつのての“α波ヴォイス”はほとんど失われてしまった。でも、これでいいのだ。この作品こそ、ユーミンが重ねてきた時間、そのものだから。俺にはなぜか強く、そう思えたのよね。
 ダウンロードで1曲1曲がキリ売れされ、便利さ・手軽さを前に、総合芸術であるべきCDアルバムの意味さえ忘れ去られた現代、いささか気合いの入り過ぎた、この素晴らしすぎるアルバムジャケットの装丁だけを見ても、ユーミンの想いが痛いくらいに伝わってきて。
 穏やかなバラード「宇宙図書館」に始まり、荒涼とした荒野を思わせる勇壮な曲調の中に、失った人を追慕する果てしない想いが切ない「残火」、ふとした瞬間のこの世界の美しさと儚さ、その一瞬を切り取った「Sillage〜シアージュ」は鮮やかな抽象画を見るようで。オープニングから3曲を聴いただけでも、ここにいるのは、いつもの・変わらないユーミン
 懐かしい声、耳に馴染むメロディー。曲を聴きながら自分もいつしか何度も過去に旅して、そのときどきの思いを探りながら、それでいてユーミンが時折繰り出す、言葉の鋭さにハッとして我に返る。それはまるで、時空を越える旅。そんな感じ。

 夢の中であなたは なつかしい服着て
 忘れていた未来を 教えてくれる
  「宇宙図書館」詞:松任谷由実

 
 『宇宙図書館』は、ユーミンによれば、すべての人の過去の記憶が収められた、宇宙の図書館。アカシック・レコードね。まさしくそんなイメージがこのアルバムを通じて出来上がっているのが凄くて、私も時空の旅、いつのまに何度も・・・。
 過去に戻って、忘れていた未来を取り出してこよう。
 穏やかでどこか懐かしいこのアルバムから、ユーミンがくれた素敵なメッセージ。じっくりと味わいたい。