太田裕美「君と歩いた青春」

君と歩いた青春
 前回、裕美さんにちょっと辛いことを書いてしまった「お詫び」も少し込めて・・・。 
 1976年のアルバム「12ページの詩集」に収められたこの曲は、伊勢正三のペンによるもので、本人も「風」の「windless blue」というアルバム(同じく76年)で歌っている。太田裕美ファンの間では、アルバム発売当初からの人気曲のひとつであり、彼女が活動休止して渡米する前年、81年にセルフリメイクもされた。
 このセルフリメイク版、アレンジはそのままにボーカルのみ収録し直したものである。俺は、リメイクよりも、76年の初収録版のほうが、裕美さんの声が断然なめらかで美しいし、若さゆえの素直で平板な歌唱が、男言葉で綴られるこの曲にはマッチしていて良い、と長いこと思っていた。また、シングルカットもされたリメイクバージョンは、多くのベスト盤にも収録されているため耳にする機会も多く、耳に馴染みすぎてもはや聞き流すばかりの曲のひとつになっていた。
 しかし、先日、とある雨に閉じ込められた夜に、部屋のステレオで改めてリメイク版(81年録音)を聴いて、新鮮な感動を覚えた。思わず、はっとさせられた瞬間だった。

 君がどうしても 帰るというのなら もう止めはしないけど

 この歌いだし。消え入りそうな、自信無さそうな、くぐもった声は、81年当時の、ヒットから縁遠くなった太田裕美の声である。いわば、当時の彼女の状況とどこかシンクロしていて、81年の彼女にしか表現し得なかった、主人公の悩み、諦観といったようなものが、突然にあざやかに心に迫ってきた。そのあとは、彼女の歌いまわしの独特のクセ(「あー」の伸ばし終わりに「あーン」と甘ったるくなる部分とか)も新鮮に感じられるほど、歌世界に引き込まれてしまった俺。
 どちらかといえば感情表現が苦手で、さらりと歌うことで持ち前の「声に潜む切なさ」が活き、饒舌な松本隆の詞の最高の表現者のひとりとなり得たのが、太田裕美だと思う。そんな彼女が、珍しく過剰に感情を込めて歌うフレーズが、このリメイク版「君と歩いた青春」にはある。

ばちあたりさ僕は だけど本当さ 愛していたんだ

という箇所だ。仲間のマドンナへの抜け駆けの恋。結局失敗してしまったその恋への深い後悔と、だけど真剣だったんだよ、わかってほしい、という静かな心の叫び。少し女々しく、くどく思われたここでの表現も、改めて聴けば、なんと心に沁みることか。
 何度も聞き飽きるほどに聴いてきたこの曲に、これほどの感動の「素」が潜んでいたことに驚かされたその夜。
 本当に音楽は水物なのである。環境(雨の夜)、音響(部屋のステレオ・大音量だった)、聴き手の心境(少し凹んでいた)の違いで、全く別な曲のように聴こえてしまうのだ。
 聴き馴染んだ太田裕美の曲の中に、また新たな名唱を見出すことができたことは、小さな喜びだった。