太田裕美アルバム探訪⑦『ごきげんいかが』

 81年8月発売の14枚目のアルバム。この年の裕美さんは、3月にシングル「恋のハーフムーン」を発売したきり目立った動きがなく、このアルバム発売までに間隔が空いたことからタイトルがこうなったらしい。タイトルエピソードが象徴するがごとく、この作品にはとりたててコンセプトやトータルイメージがなく、彼女のアルバムの中では地味な印象を受ける。25周年記念BOX「太田裕美の軌跡」のライナーノートでも、当時のプロデューサーだった白川氏がこのアルバムだけ「覚えてないね」と一言で終わらせていたりして、少し可哀想なアルバムなのである。確かに、シングル曲も入ってなければ夏発売なのに夏っぽい曲さえ収録されておらず、一筆書き風のジャケットも含めて、いくらなんでも大人し過ぎる。これじゃ、売れないよね。アルバムチャート最高位は47位。
 しかし俺はこのアルバム、発売当初から結構好きだった。「Silky night」「Silky morning」「Dreamy night」という類似した題名の3曲(うち2曲が自作曲)がこのアルバムのカラーを決める唯一のファクター。それは、「Silky」という言葉から連想される清楚さ・控えめさ・上品さ、そして「Morning」「Night」からの連想は日常の出来事や普通っぽさ等である。つまりはデビュー初期からの「太田裕美」の印象そのものなのだ。だから、ファンにとってはオーソドックスな作品集に思えるし、一方で捨て難いアルバムにもなるのだろう。
 ただしこの時期、裕美さんのボーカルは総じて安定しているものの、歌い方がやや一本調子になってきており、名唱といえる作品は少ない。その辺りもこのアルバムの印象薄さの原因かもしれない。
 さて、ライター陣は、10曲中7曲を作曲した網倉一也をメインに、作詞は小此木七枝子4曲・山川啓介2曲・康珍化1曲、残り3曲が裕美さん本人の自作(詞・曲)という構成。浜田金吾作品と裕美さんの自作曲を交えた79年のアルバム『Little concert』、網倉・浜田作品を半数づつ収めた翌80年の『十二月の旅人』、そしてこの作品を並べると、構成的に3部作と言って良いのかも。また、この時期の裕美さんの方向性である「シンガー・ソングライター路線」の延長として捉えれば、このアルバムこそ、本人が持つ独自の(控えめでナチュラルな)世界を最も良く表現した作品集という別な評価ができるかもしれない。

  • Good-byeシーズン」。歌詞に「学園祭」という言葉が出てくるキャンパスもの。「いちご白書をもう一度」をもう一度?という感じで、もはや裕美さん的には松本隆の手垢がついたテーマであり山川啓介氏の狙いすぎ。新鮮さはないが曲調はポップでシングル向き。
  • We Loveバイキン君」。バイキン君は、ソニーのキャラクターだったそうで。これがそのテーマソングだったかどうかは知らない。裕美さんは舌足らずな発音を生かしてキュートなボーカル。井上鑑によるデジタルアレンジは、のちのテクノ時代を予感させる。
  • Silky Night」。裕美さんは全編ソフトなファルセットボイスで大人の女性の恋の駆け引きを歌う。ジャジーな雰囲気で洗練された曲。
  • 涙のRainy day」。マイナーAOR系の自作曲だが、やや平凡か。サビの「ウォウウォウ レイニデイ♪」と歌う箇所が、正直、裕美さんの声には似合わない感じがする。
  • トロイメライ」。題名どおりのピアノ弾き語り風のバラード。太田裕美には「歌」や「ピアノ」に対する思いを歌った曲が数多く存在し、多くはアルバムのハイライト部分に収録される。これはその王道を行く作品。小此木さんの詞も良いし、間奏で原曲が出てくるアレンジも凝っている。しかしいかんせん、地味。
  • Silky morning」。このアルバムはここから後半(B面)が良い。イントロの荘厳なコーラスアレンジがとても美しいバラード。同じバラードながら「トロイメライ」より裕美さんの自作であるこの曲の方が断然良い。メロディーはシンプルながら、高音ロングトーンを効果的に聴かせるサビがいかにも本人作らしい。
  • 風たち」。かつてのフォーク・ソングへのオマージュ。イントロのガットギターの刻みからし小室等、いや歌詞にも出てくるからボブ・ディランか...。裕美さんにありそうで無かった骨っぽいフォークは、文字通り彼女の世界に新しい風を吹き込んだ感じだ。良い曲。
  • ぬれた瞳」。「万里の河」風のエキゾチック&フォーキーな曲。詞はこの曲だけ康珍化で、最もコマーシャルな路線に乗って作られた曲という印象。サビに出てくる「ブルージーンズ、青春」といういかにもなフレーズからして、シングル向けに発注された可能性が高い。この曲と「バイキン君」が収められたことで、アルバム『ごきげんいかが』は統一性を失い、散漫な印象に陥っているように思う。良い曲なんだけど。
  • Dreamy night」。イントロはBスプリングスティーンの「Hungry heart」みたいだが、作詞作曲は裕美さん。オールディーズポップス風のおいしいメロディーを持った佳曲。
  • 美しい友に」。結婚式で、花嫁になった友人をお祝いする女性。テーマとしては78年のアルバム『海が泣いている』に収録の「茉莉の結婚」の焼き直しだ(松本隆の呪縛にがんじがらめの山川啓介?)。とは言っても、Cメロまで展開する瑞々しいメロディーや裕美さんの温かみのある情感豊なボーカルによってアルバムラスト曲としてとても味わい深い作品になっている。ウェディング・ソングとしても十分「使える」と思う。

 さて、このアルバムにはのちに大活躍するアレンジャー&作曲家の大村雅朗井上鑑がいち早く起用されている。裕美さん本人の言によれば、彼女の作品をステップにして世に出たアーティストも少なくないとのことである。