太田裕美アルバム探訪⑩『短編集』

 1975年6月発売の太田裕美セカンド・アルバム。4月にシングル「たんぽぽ」を発表し、そのセカンド・シングルを中心に構成されたのがこのアルバムである。デビュー間もない歌手としては異例のハイペースでのアルバムリリース。太田裕美は、アイドル系アルバムアーティストの先駆者なのだ。
 クレジットには「構成:松本隆」とあり、収録曲も「白い封筒」で始まり「青い封筒」で閉じる、松本隆の詞を軸にひとつの恋物語が形づくられるような構成。サウンド的には原初の太田裕美のイメージでもある上品でクラシカルなヨーロピアンポップスでほぼ統一されているほか、曲と曲の間が極端に短く、全編がつながっているようなつくりで、一つの作品としてトータルにまとめ上げようという制作側の意図が強く感じられる作品でもある。またこのアルバムでは、裕美さん本人がのちに著書で語っているとおり、レコーディング時に口をマイクに近づけて録音された結果、当時の裕美さんの無垢なボーカルがとてもリアルに記録されているのも特徴。これらいつくかの特徴を備えたアルバム『短編集』は、初期太田裕美の清楚で上品なイメージを漂わせながらも、のちの彼女の傑作群と比較しても遜色ない、強い個性を放つ作品集に仕上がっている。

  • 白い封筒」。ギター一本のアレンジをバックに、恋する少女の息づかいまでも感じさせるようなリアルなボーカルが乗る。小品ながら、短編集のプロローグとしてリスナーを引き込む力を備えたオープニング曲。
  • 太陽がいっぱい」。のちに双子デュオ、リリーズがカバーした典型的な70年代筒美系アイドルポップス。マリンバ・ブラス・ストリングスが醸し出すサウンドは正直古臭〜くて、まさに「懐古がいっぱい」。この曲だけこのアルバムから浮いている感は否めない。
  • やさしい翼」。萩田光雄氏によるカントリータッチの素朴なメジャーのメロディーに、とろけそうなほど可愛い裕美さんの声が聴ける爽やかな佳曲。この曲、個人的に大好きなのです。
  • ねえ・・・・・・・!」。裕美さんの自作曲。インパクトは弱いものの、いつもながら彼女が作る素直なメロディーは聴くほどに味わいが増す。ピアノ弾き語りが似合いそうな、なかなか良い曲である。でもこのタイトル、テン(・・・・・・)がちょっと多すぎるよね?
  • たんぽぽ」。セカンド・シングル。曲想はデビュー曲「雨だれ」の二番煎じといった印象で、オリコン最高位も33位と地味な成績に終わった。しかし改めて聴けば、サビのドラマチックな展開やイントロのピアノトレモロの美しさなど、聴きどころも多く、実は隠れた名曲なのである。アルバムの中の1曲として聴いてこそ、その良さが分かる作品かもしれない。
  • 回転木馬」。イントロや間奏が長く、クラシカルで大仰なアレンジが施されている割には、オーソドックスな歌謡曲的メロディー。初期太田裕美における典型的な曲調だが、俺的にはちょっと退屈で苦手な曲。
  • すれちがい」。いよいよここから、恋する二人に暗雲が立ち込めて破局の予感、という、作品中分水嶺となる曲。なかなか良い出来で、複雑なメロディーを軽々歌いこなす裕美さんのテクニックにあらためて新鮮な感動を覚える。また、サビでの「あなたに届かない、届かない、届かない・・・」と畳み掛けるフレーズでの切迫したボーカルも聴きどころ。
  • 」。この曲と次の「レモン・ティー」が、哀しみ2連発で畳み掛けてくる。恋を無くした姉と新しい恋を見つけた妹。傷心の姉からウキウキの妹への皮肉を込めた(?)励ましのメッセージ、という変わったシチュエーションが描かれた曲。しかし息継ぎまでもリアルに聴こえる裕美さんの「泣き」のボーカル、無意識な中で醸し出されるその哀しみの迫力が凄い。名唱だ。
  • レモン・ティー」。ドラマチックなストリングスのイントロから切なさがほとばしる名曲。メロディー的にはオーソドックスな歌謡曲だが、清楚な裕美さんのファルセットによって品の良いマイナーポップスに仕上がっている。「♪ピアノがあったらせめて歌ってあげられたのに」。このフレーズが裕美さんのイメージとシンクロして驚くほどリアルに心に響いてくる。まさしくこのアルバムのハイライトだ。
  • ピアニシモ・フォルテ」。萩田光雄氏作曲の、このアルバム中のベスト曲。ホルンやオーボエをフィーチャーしたオーケストラアレンジも良いし、スクエアな感じの短い導入からゆったりとした4ビートに移るメロも素晴らしい。俺が好きなのは、オーボエがメロディーを奏でる間奏部分だ。シンプルな静けさが曲に深い余韻を残している感じ。全体的に曲・アレンジ・ボーカルが一体化して、アカデミックな上品さの漂う上質のポップス、という印象である。イメージ的には太田裕美版「Close to you」(カーペンターズ)か。初期太田裕美の魅力が凝縮された傑作。
  • 紙ひこうき」。「回転木馬」と姉妹曲で、大仰なアレンジに歌謡曲的メロディーを乗せた、これも少し退屈な曲。だがしかし、「♪悲しみよ、飛んでゆけ」のサビ部分での裕美さんのボーカルが、聖子風に語尾をしゃくりあげる歌い方なのが珍しく、とてもチャーミングだ。それでこの曲は救われている。
  • 青い封筒」。そして寒々しいほどに悲しいエンディング曲は、オープニング曲「白い封筒」の失恋版替え歌バージョンという仕掛け。こちらは生ピアノをバックに少しゆったりとしたテンポで聴かせる。リアルな位相のボーカルが、聴き手の胸を締め付けるほどにダイレクトに失恋の哀しみを伝える。思わず「自殺なんかしちゃダメ!」と裕美さんを励ましたくなっちゃうほど(笑)。太田裕美屈指の名唱と言えるのかも。

 そうなのだ。マイクに口を近づけて歌いなさいという指示は、裕美さんの声にもともと備わった「切なさ」を生かす最良の方法であるに違いないというプロデューサーの賢明な判断なのであった。それはこのアルバムに記録された名唱を聴く限り、正しい判断だったのである。