太田裕美アルバム探訪⑭   『Far East』

 この「アルバム探訪」なるジコマンシリーズを書くきっかけは、太田裕美さんがニューアルバムを発表するという情報が入ったのが始まりだったのだけど・・・その新作のタイトルは『始まりは“まごころ”だった』。なんて、ウソのようなホントの話。リリースが今から楽しみですう。↓
http://www.geocities.jp/cultmandu/review/natsumero32/review32.html
 さて、今回は'83年3月発売の『Far East』。前作『君と歩いた青春』リリース後、1年3ヶ月ぶりに発表された作品。1年にわたる充電期間(うち8ヶ月はニューヨークで生活)を経ての復帰作にあたる。前半(レコードA面)をNYサイド、後半(B面)を東京サイドとイメージし、サウンド的にもAB面が全く違う顔を持つ異色の構成。いわばミニアルバムが2枚合わさったような感じだ。しかし内容的に散漫な印象はなく、1年の充電期間とNYという刺激的な都市で得たエネルギーが漲った充実の仕上がり。何より休養たっぷりの裕美さんの声が活き活きしているのと、のちに彼女の伴侶となる福岡ディレクターと初めて組んだ「東京サイド」の出来がことのほか良く、この成功が次作『I Do,You do』(傑作!)へと展開していくのである。
★NYサイド
 太田裕美ディレクションによる5曲。裕美さん本人が指名したというマーガレット・ドーンなる作曲家による作品集。歌詞は神田広美竜真知子の訳詞による日本語、アレンジも裕美さんお馴染みの萩田光雄。ニッポン人の手によるブラック・コンテンポラリーといった趣に仕上がっており、3曲目「Midnight」では間奏で日野晧正のトランペットをフィーチャーするなど、いかにもNY的な音作りに成功していると思う。裕美さんのボーカルはシャウトしたり(1曲目「Drifter」)、フェイクしたり(5曲目「Broken Promises」)など全体にアグレッシブで、新境地を見せているが、舌足らずな発音やリズムの甘さがアダルトな曲調と合っていない部分もあり、そこがマイナスポイントだろう。4曲目「kiss Me」はカレン・カーペンターのソロアルバムにも取り上げられており(裕美さんのレコーディングの方が早かったという説がある)、これは爽やかなファルセットが冴えた裕美バージョンの方が贔屓目を抜きにしても出来が良いように思う。あとにも先にもこんなにボーカリストとして色んな顔を見せる裕美さんはどこにもいない、それが聴けるのが、このNYサイドの5曲。ファンとしてはその意味で貴重な作品。
★東京サイド
 アメリカで生活して、自分の中に流れる日本人の血、日本のメロディーを強く意識したという裕美さん。この東京サイドに収められた「あのね」「あそび星」(ともに板倉文作曲)などにその思いが色濃く反映されている。童謡のような、ノスタルジックで優しい、日本独特のメロディー・ライン。「歌謡曲」を歌ってきた自分のルーツをそこに見つけ、新たな次元からそこを見つめ直す術を得たのだろうか、このサイドの5曲通じて、裕美さんの一皮剥けた感じのボーカルが素晴らしいのだ。従来の裕美ポップスに近い「窓から春の風」(網倉一也作曲)などにもそれが表れていて、同じ「風」でもヒット曲「南風」(同じ網倉一也作品)の頃には出しきれなかった清々しさが見事に出ている。故西岡恭蔵作曲「City Magic」は、NYサイドの曲に近い曲想ではあるが、こちらはコンピュータ・サウンド中心でいかにもトーキョー的。裕美さんの弾んだボーカルがNYサイドの「Midnight」とは好対照で、そんな所もどこか下世話なトーキョー的雰囲気を演出しているのかも。ラストトラック「ロンリイ・ピーポー」は、下田逸郎による都会人独特の心情を綴った深みのある詞、裕美さん自作の陰影に富んだメロディー(カッコイイのだ!)、そしてニュアンスたっぷりの活き活きとしたボーカルが結晶した傑作。裕美さんが次の時代へと進むターニング・ポイントとも言えるのがこの曲「ロンリイ・ピーポー」であり、東京サイドの5曲なのである。