「ドンファン」神田広美

hiroc-fontana2009-07-25

 一部では「名曲」として根強い人気のあるこの曲。
 歌うは伝説のオーディション番組「スター誕生」出身者にして、クリアなハイトーン・ボイスとシティ・ポップ風のシャレたサウンドを売りに1977年1月にデビューした神田広美さん。神田さんの5thにしてラスト・シングルとなったのがこの「ドンファン」(1978年7月1日発売)。作詞:松本隆、作曲:吉田拓郎、編曲:馬飼野康二というヒットメーカーによる作品で、神田さんにとってはデビュー曲「人見知り」(オリコン最高位43位)以来のチャート・イン(同58位)を果たした。
 神田広美さん、存在は決してハデではなかったけれど、終始透明なファルセットで歌い上げたデビュー曲「人見知り」は結構テレビでの露出もあって、77年頃から始まったニュー・ミュージックブームに乗って、太田裕美フォロワーのような存在として注目されたのよね(確か当時、太田・岩崎に続く「第三のヒロミ」みたいな扱いをされたこともあったような)。でもその後はあまり勢いが続かなくて。ルックスもPLのミーちゃんとビューティ・ペアマキ上田を足して2で割ったような感じで(笑)、どちらかといえばパッとしなかったしね。。。そんなこんなで彼女が忘れられかけた頃に、ポンとリリースされたのがこの曲。
 最初この曲を聴いたときの印象「え??」という感じ、今だによく覚えているのだけど。
 それまでの神田広美さんの売りでもあったハイトーン・ボイスを封印して、終始地声で押し通した蓮っ葉なボーカル。曲調もそれまでのAOR路線から離れて、拓郎のおいしいメロディーが耳に残るキャッチーなマイナー・ロック。(実はこの曲、のちにロックバンド「ベアーズ」や、コーラスグループEVEの前身「アップルズ」などにカバーされているらしい。)
 それまでにもイメ・チェンした歌手たちは数多くいたけれど、多くの場合はルックスのイメチェン先行型で、歌い方がこれほどガラリと変わった歌手はあまりいなかったから、とても新鮮だったのね。のちに岡崎友紀が「Yuki」名義で「ドゥ・ユー・リメンバー・ミー?」をヒットさせて、当初は正体不明のファルセット・ボイスが話題になったけれど、この神田広美はファルセット→地声という逆パターン。同様の例では「こまっちゃうナ」のカマトト路線でデビューした山本リンダが、数年後「どうにもとまらない」のアクション・グラマー路線でカムバックしたのと同じだったのかしらね(時代が古すぎてhiroc-fontanaにはわからないのだけど(笑))。ほかには82年に三原順子が「だって・フォーリンラブ・突然」でそれまでの無理やりな野太いツッパリ声から伸びやかな地声にマイナー・チェンジしたのも新鮮だったけど、こちらはあまり話題にならなかったわね。
 さて、長い間CD化が待ち望まれていたこの曲、神田広美さんのファースト・アルバム『待ち呆気』に抱き合わせの格好で昨年、目出度くもCD復刻となった。こちらはイントロから穂口雄右氏渾身のオシャレなサウンド満載のデビュー曲「人見知り」をはじめ、オシャレ路線を継承した隠れた名曲・セカンドシングルの「哀しみ予報」、サンタナ風ギターが大人っぽさを醸し出すマイナー・ポップス、サードシングルの「ジャスミンアフタヌーン」、チェリッシュ風のキャッチーな歌謡ポップスに路線変更した4th「薔薇詩集」、そして衝撃的な5th「ドンファン」まで、カップリング曲も含めて神田広美がキャリア中に発表した名曲のすべてを網羅したオトクな1枚。

Myこれ!チョイス 36 待ち呆気+シングルコレクション

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 いまアルバム曲を聴いてみると、ハイトーン・ボイスはむしろ彼女の顔のひとつでしかなく、地声とファルセットを曲ごとに実に巧みに使い分けて、当初から一貫して表情豊かなボーカルを聴かせてくれていたことがわかる。彼女の場合むしろ、高音で張り上げるファルセットのほうが少しばかり一本調子であって、低音部のウィスパーボイスや、地声で歌う歌謡曲タイプの曲でこそ本来の持ち味が出ているような気がして、面白いのだ。そういえばレコード会社の関係で「野口ゴローの妹分」的な売り出し方もされていたようで、歌謡曲AORを行き来していたところなど、音楽的にゴローと近いといえば近かったのかもしれない。
 活動期間1年半、シングル5曲でリタイアした彼女だけれど、その後は作詞家として活動したり、岸田采子名義で2001年にシングルを発表したりで、地味ながら音楽活動は続けていた模様。本人は当初からアーティスト志向が強くて、アイドル的な売り出し方には抵抗があったようで、スタッフに対して自らの主張を押し出しすぎてトラブったのが引退の引き金らしい、とのハナシもある。
 いずれにしても、復刻CD『待ち呆気(+SINGLE COLLECTION)』を聴くと、デビュー曲からラストの「ドンファン」やカップリング「屋根の上の仔猫」(佳曲!)までのわずかな間に、歌唱力・表現力をグングンとアップさせているのが手に取るようにわかって、やっぱり彼女、タダモノではなかったのかもな、と思わせてくれます。