太田裕美アルバム探訪⑯『TAMATEBAKO』

 84年6月発売、18枚目のアルバム。
 16th『Far East』後半の東京サイド、17th『I Do,You Do』に続いてのテクノ・ポップ路線第三弾だが、アバンギャルドながらも極上のポップアルバムだった前作『I Do,You Do』から、よりニューウェーブやパンクのテイストを強調した、ある意味太田裕美史上もっとも過激なサウンドになっている。白塗りメイクで最早や誰だか分からないアルバムジャケットからして、従来のファンを突き放して「新生・太田裕美」を強調する強い意志を感じさせる作品でもある。そのためか、アルバムセールス的には芳しい結果が残せず、チャートインさえしなかったようである。
 収録全10曲の作家陣はほぼ『I Do,You Do』で組んだメンバーが継続しており、作詞では山元みき子(のちの銀色夏生)中心で6曲を担当。キュートさとユーモアとホラーとが一体化した独特の詩世界をより強固に展開している。その他、この時期の裕美さんのテーマ曲でもある「ロンリイ・ピーポー」の第4弾を引き続き下田逸郎の作詞で収録。一方、作曲ではニューウェイブ系の伝説的バンド「チャクラ」のメンバーでもあった板倉文、川島“バナナ”UGがそれぞれ2曲づつ担当し、同時にアレンジも手がけている。ちなみに同時期に板倉氏が中心となって結成したキリング・タイムというバンドに裕美さんがゲストボーカルで参加しており(「ルナチコ」という曲)太田裕美25周年記念BOXにも収録された。匿名性を狙ったようなウィスパー・ヴォーカルが新鮮で、ここでも新しい一面を覗かせている。
 その他の作家としては、これまた伝説のバンド「くじら」の中心人物である杉林恭雄が2曲(詞曲)を提供しており、独特な言葉の紡ぎ方で幻覚めいたシュールな世界を提示している。残りの曲は前作に続いてその才能のメーターが振り切れたかのごとく絶好調の太田裕美さん本人が4曲を作曲し、うち1曲は作詞もしている。アレンジは前述の「チャクラ・コンビ」以外の曲は大村雅朗が担当。総じてテクノ・パンキッシュなサウンドだが、その中にお囃子や和太鼓的な音など和風の味付けがあったり、現代音楽のように聴こえる部分もあったりで、単調さを感じない。同時期に聖子を担当していた大村氏、ここでは羽根を伸ばして思いきり遊んでいる感じだ。
 裕美さんのヴォーカルも元気溌剌で、得意のファニーヴォイスから鷹揚なバラードヴォーカルまで、まさに七変化。歌手としてもこの時期が最も油が乗っていたように思える。
 ファンの間では賛否両論を巻き起こしたこの作品、俺の中では同じテクノ系アルバムで親しみやすくポップな『I Do,You Do』を「赤盤」とすれば、クールでマニアックさを備えたこの『TAMATEBAKO』は「青盤」といった感じで位置付けているのだ。

  • 青い実の瞳」(詞:山本、曲:太田)。シングルカット曲。冒頭、ラジオのチューニング音のSEに続いてこの曲のイントロが始まる。不思議の森に迷い込んだイメージか。マシンガンのようなインパクトあるアレンジは大村雅朗。それにしてもブルーベリーの瞳って、いったい何者?
  • ランドリー」(詞・曲:杉林)。デジ・ロックとも言うべき曲調で、アルバム中最も硬派なサウンド。詞はコインランドリーでの不思議な世界が展開。最初から「雨の日のランドリーで 子供たちが回ってる」と来た..。こぶしをきかせた裕美さんのシャープなヴォーカルと、シャラララ〜のコーラスが決まっている。25周年Boxに別アレンジのバージョンを収録。
  • 花さそう鳥目の恋人」(詞:山本、曲:川島)。お囃子入りでエスニックなお祭りのような賑やかさを見せる曲調と裏腹に、山元氏の深い詞世界に引き込まれると何度も繰り返し聞きたくなる不思議な曲。サビの擬似3拍子のフレーズ(トンボを切るぞクルリと切るぞ)が秀逸。
  • ささら」(詞:山本、曲:太田)。アルバム中最も従来の太田裕美イメージに沿った曲で、ここでやっと安心して聴ける曲が出てくる感じ(笑)。墨絵を思わせる淡い詞世界と大陸的で大らかなメロディーがマッチした名曲。
  • グッバイ・グッバイ・グッバイ」(詞:山元、曲:川島)。スカのリズムで薄っぺらいアレンジは知るヒトぞ知るテクノバンド「ディーボ」風で懐かしさが漂う。
  • 夏へ抜ける道」(詞・曲:太田)。アップテンポでグイグイ引っ張るアッパーなナンバーで、個人的にこのアルバム中イチ押しの曲。いつ聴いてもホントに元気をもらえること請け合い。ポップなメロディーの素晴らしさは言うまでもないが「四角い空のかたすみで/ピンクの魔女が帽子を振る」という詞のフレーズはまんま聖子の「時間の国のアリス」の世界だね。時代的にもシンクロしているのだけど。ちなみにタイトルのTAMATEBAKOがこの曲の詞の中に出てくる。
  • よそ見してると・・・」(詞・曲:杉林)。わらべ歌のようなメロディーに和楽器風のシンセとパーカッションで現代音楽風のアレンジ。「思い出を置く君を置く」的な世界から、80年代後半以降の沢井一恵、高橋鮎生らとのコラボ作品に至る中間点的位置付けといえる作品。
  • チラチラ傘しょって」(詞:山元、曲:板倉)。これは裕美さんの七変化ヴォーカルを楽しむ作品。「ヨシコちゃん」声までいっちゃうのは悪ノリに近いけど、カワイイので許す(笑)。
  • ロンリイ・ピーポーⅣ」(詞:下田、曲:太田)。独立した「個(孤)人」同士のつきあい方を歌うシリーズ、第四弾。ここでは「We Are All Alone それだけのこと」とあっさり割り切って幕を引いてます。良し!和太鼓調のリズムに乗るメロディーもオリエンタルかつ哀愁があって、オリジナリティ十分。コンパクトによく出来てると思う曲。
  • ねえ、その石は」(詞:山元、曲:板倉)。どことなくリューイチ・坂本的なサウンド。曲調は「ささら」と同類ながら、ラストを飾るに相応しい壮大なイメージのバラード。なめらかなヴォーカルが曲に一層の広がりを与えている。名唱だ。ちなみにステージでは確か裸足で舞台に腰を下ろしてこの曲を歌っていたような記憶がある。

 このアルバム、異色作には違いないが、いま現在太田裕美の歩みの中で振り返れば、きっちりと一つの居場所を確保して、その後の作品に影響を及ぼしていることがわかる。それは後に裕美さん本人も語っていることだ。