セイコ・ソングス2〜「パシフィック」

 正直、聖子さんは女優には向いていない...これに異論を唱える人はほとんどいないでしょう。俺が不思議なのは、百恵さんをはじめ大成した歌手の多くが役者としても優れた才能を発揮するケースが多いにもかかわらず、歌の世界では天才的な表現者である聖子さんが、演技の世界では全くといっていいほど「鈍才(!)」であることだ。なぜでしょうね。思うに、聖子さんって「瞬発力勝負」の人なのかもね。だから、5分程度の歌にはとんでもない集中力で完璧な演技をこなすけど、長時間勝負の演技はムリ。フォトセッションなんかでも、ズバリ「プロ」の仕事をこなしてることからも、「瞬間」に強い人と言えるのかも、なんてね。まあ、それはこじつけとして(笑)、結局彼女の歌の素晴らしさはやっぱり「魔法の声」と「松本隆の詞」に集約されるんだと思う。これが正解でしょう、たぶん。
 さて、前置きが長くなりました。「パシフィック」は聖子さんの主演映画第2作目「プルメリアの伝説(83年)」挿入歌。廃盤になったサントラアルバムの他には、編集盤『Seiko Avenue』『Seiko Suite』でのみ聴ける曲である。作詞:松本隆、作・編曲:大村雅朗。演技は置いといて、聖子さんの主演作全4作の主題歌はどれも素晴らしい。おまけにアニメ『ペンギンズ・メモリー』の主題歌「MUSICAL LIFE」までも傑作と呼ぶにふさわしい出来だったりする。この「パシフィック」も同様で、聖子さんの説得力あるボーカルが秀逸な、佳曲である。
 ティンパニとホルンをフィーチャーしたイントロは少し大仰だが、歌詞の背景にもなっている太平洋の雄大さをイメージさせて悪くない。そして聖子さんのボーカルがしっとりと入る導入部がいい。

 海辺でわたしを探しても無駄よ・・・
 その頃はきっと海の上なの

 シングルでは「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」、アルバムでは『ユートピア』と恐らく同時期のレコーディング。松田聖子のキャリアの中でも最も充実していた時期のボーカルである。声はすっかりハスキーに変わり、喉を絞って音節を切る独特の歌い回しも板に着いてきたころだ。クドさを感じるギリギリのところにある歌声であるにもかかわらず、伝わってくるのは女性的な透明感のある情感・・・。これこそが、全盛期の聖子なのだ。
 そしてこの曲の聴き所はサビ。

 強く生きたいの
 時の波を 進んでゆく船のように
 遠いパシフィック
 あなたなしで
 生きてゆける自信がある (詞:松本隆

強く生きたいの」〜高音で、強くも切なげな声で叫び、
時の波を〜船のように」〜では低音のメロディーを噛み締めるように歌う。
遠いパシフィック」〜は再び高音で盛り上げ、
あなたなしで〜自信がある」〜は再び低音メロディーで、決意めいた強い意志を呟くように言葉に託す。
 この、寄せる大波・小波を表すかのようなメロディーと、それに呼応するかのような聖子さんのボーカルの変化に耳を奪われ只々、ため息である。そして何よりこの詞、その後の聖子さんの生き方そのもののように聴こえて、とても説得力を感じちゃうのね。ホントに強い歌。
 俺、映画は結局観ていないんだけど、聖子たんの稚拙な演技のBGMにこの凄い歌が流れていたとしたら、あまりのアンバランスに失笑してたかもね・・観ないでよかったのかも(笑)。