セイコ・ソングス6〜「そよ風のフェイント」

Windy Shadow
 84年12月発売のアルバム『Windy Shadow』より。作詞:松本隆、作曲:矢野顕子、編曲:戸塚修。たった3分の小品ながらキラリと光る異色作。俺、この曲、大好きなんです。
 「プロポーズ」という、恐らくは人生で出会う最大級の幸せな瞬間のエピソードを見事に切り取った松本さんの詞は、いつもながら素晴らしいし、初めて組んだ矢野顕子のちょっと和風なクセのあるメロディーがとても魅力的で耳に残る。それをまとめる戸塚アレンジも、一見安っぽいけれどそこが却って可愛らしくて、ポップなこの曲によく合っている感じがする。そしてなによりも、ハスキーながら伸びやかで艶やか、絶好調な聖子さんの声が最高だ。
 舞台は春の港。受けたプロポーズに「考えさせて」と「フェイント」で相手をいたずらっぽくじらしたあとの、サビ。

 いい気持ち いい気持ち 
 青空のような気分よ 待ち疲れた言葉だから
 いい気持ち いい気持ち
 あなたの背中に頬寄せ 動かないで じっとしてて

この、サビで一気に突き抜ける開放感と、そこに込められた溢れるような幸福感。そして最後に彼女は「離れて両手広げ 大きな○をつくる」のだ。こんなに幸せに満ちて、躍動的で、可愛らしい聖子さんは、この曲以外ではなかなか出会えない。ちょっと落ち込んだとき、目を瞑ってこの曲を聴きながら頭の中で映像をこしらえてみると、春の港の青空のもとでじゃれあう二人が鮮やかに甦ってきて、心に温かい日差しが差し込んでくるような気分になれる。そんな曲だ。
 ところで、聖子さんの全盛期のアルバムの素晴らしさのひとつに、曲の並びの良さ、があるように思う。例えば、従来からアイドル系のアルバムはどちらかというとシングル曲がメインであって、同じソニー系のアイドルの中でアルバム製作に力を入れていたと言われる百恵さんや太田裕美さんの場合でも、シングル曲はアルバムのA面もしくはB面1曲目という目立つ位置に収録されているケースがほとんどだ。それに対して聖子さんの場合、デビューアルバム『SQALL』からして、シングル「裸足の季節」「青い珊瑚礁」はそれぞれA面5曲目、B面3曲目に収録され、アルバムの流れの中の1曲、という位置づけを与えられている。シングルを餌にアルバムを売るのではなく、アルバムの流れに沿ったシングルを先行発売しました、と言わんばかりの曲順なわけで、それはその後の聖子のアルバムにおいても踏襲される定番となる。そしてそれによって、アルバムの中でシングル曲が浮いてしまったり、シングル曲以外は捨て曲、のようなアルバムは聖子さんには存在しないのだ。総じてアルバムを通じての流れが良い。
 話は少し逸れたが、何を言いたかったのかといえば、この「そよ風のフェイント」がアルバムの中で収録されているポジション「A面4曲目」が、聖子さんのアルバムでは「異色の冒険曲」の定番位置になっていて、そこに隠れた「お宝ソング」が多い、ということ。つまり、A面5曲目を「定位置」とするシングル曲を次に控え、それに伏線を与えるものとして、アルバムの中では最もインパクトのある異色曲がここ(A面4曲目)に収録される場合が多いのだ。どうしても目立ってしまうシングル曲を自然に耳に届かせるために、少し毛色の変わった曲を入れることでクッション材の役割をさせている、というわけ。そして毛色が変わっているからこそ、ワンランク高いハードルを越えたお宝と言える名曲が多い、ということだ。
 例を挙げてみよう。セカンド『North Wind』の4曲目、初期の聖子さんの初々しいウィスパーヴォーカルが楽しめるボサノバ「冬のアルバム」とか、『風立ちぬ』の4曲目はその後の聖子さんの方向性を決定づけた〜ビダン・ビダン・ビデュビデュビダン〜の必殺ブリッコスキャットが炸裂する「いちご畑でつかまえて」だし、名作『Pineapple』の4曲目には突然のファルセットにドキリとさせられる聖子さん初の本格バラード「LOVE SONG」が収録されていたり。『Canary』の4曲目「Misty」のジャジーなミステリアス路線も捨てがたいし、そして『Windy Shadow』の4曲目が今回紹介した「そよ風のフェイント」。
 全盛期の聖子アルバムの黄金律「4曲目のお宝ソング」。もっと紹介したいのだけど、長くなりそうだし、どんどんマニアックに突き進みそうなので今回はこのくらいに留めておくとして、機会があったらこのコーナーでも逐次紹介していきたいと思う。