セイコ・ソングス9〜「メディテーション」

ユートピア
 83年6月発表の大ヒットアルバム『ユートピア』より。聖子さんはこの年デビュー4年目。前年のユーミン3部作ではアイドル的人気を保ったまま、アーティストとして軽やかにグレードアップを果たし、その果ともいうべき国民的大ヒット「ガラスの林檎/Sweet Memories」へと向かう、彼女のキャリアの中でも最も上昇気流に乗っていた時期に発表されたのがこのアルバム『ユートピア』であり、初期聖子ポップスの集大成ともいえる充実作である。
 真夏のプール・デイトの初々しいエピソードを綴ったキュート・チューン「ピーチ・シャーベット」がオープニングを飾る『ユートピア』は、前半の曲では舞台がマイアミからセイシェル、ハワイへとまさにリゾート観光の様相を呈し、後半の曲はモータウン調(「ハートをRock」)、ドメスティックなフォーク調(「赤い靴のバレリーナ」)など音楽的にバラエティに富んだ作品が並んでいて、そんな重量級の曲が並ぶ中、締めくくりに収められているのが今回取り上げた名曲「メディテーション」。
 押しの強い派手めな曲が続く中、ラスト曲としては一聴すると大人しい印象であるこの曲が、しかしラストにひっそりと添えられたことによって、アルバム全体に何とも言えない芳香を残しているような気がするのだ。まるで、梶井基次郎が小説「檸檬」の中で丸善書店にこっそりと残した爆弾、「レモン」のような、ね。この曲が放つ気品のある芳香が、アルバム『ユートピア』を「良く出来たアイドル・アルバム」から「ポップスの逸品」にまで高めている・・・とまで言ったら大袈裟かもしれないけど・・・言っちゃいたい!
 作詞・松本隆、作曲・上田知華、編曲・大村雅朗
 上田知華といえば、室内楽とポップスを融合した斬新なスタイルのバンド「上田知華+KARYOBIN」で自身も音楽活動をしていたミュージシャンで、実はうちの姉貴も昔ファンだったのよね。自分としてはもともと上品な音づくりをする人だなっていう感じはしていたんだけど、やっぱり一般的には口裂け女、もとい今井美樹さんの一連のヒット曲で名を上げた印象が強いよね。この「メディテーション」も、とても上田さんらしい、フェミニンなやわらかさと瑞々しさに溢れた曲。
 エレピとストリングスのピチカートの掛け合いから始まるイントロの、リズムの裏拍から唐突に始まるメロディーがバッキングに渾然一体となる、そのアイデアがいかにもクラシック的で、上田さんらしい感じ。
 やっぱり素晴らしいのが松本さんの詞。思えば「瑠璃色の地球」の原型はここにあったのかもね。


 砂浜に腰を下ろして 静かに瞳を閉じるの
 波のハープだけ髪を震わせ 透明になった心が流れ出すの
 もしもあなたが夜だったら 星座になりたい
 道に迷った旅人なら 光をあげたい メディテーション


 わたしは海よ わたしは空 風にもなれるわ
 あなたを包むすべてのもの 宇宙になりたい
 ・・・メディテーション

 そして、聖子さんのボーカル。21歳の若さ漲る聖子さんが、この慈愛に満ちた歌を、全身全霊を込めて丁寧に歌いこんでいる、素晴らしいテイク。しゃくりあげる独特の歌い回しさえ、ここではとても優しく感じられるのは、聖子さん本人はこのときまだ実体験していない「母性愛」を天性の勘でわが身に手繰り寄せるために、歌いながら瞑想状態に入っていたからかもしれないな、なんてことを思ってしまう。
 ベスト盤には収録されず、このアルバムでしか聴けないというのも、この曲には相応しい。俺としては、手垢をつけずに、いつもピュアな気持ちで聴きたい1曲なのだ。