日本屈指のシンガー・ちあき

 「ちあきなおみ」と言えば、我々から下の年代にとっては、コロッケのモノマネでデフォルメされたイメージが強烈すぎて、どうもブアツイ唇とか黒豆みたいなホクロだとかイッちゃった三白眼とか、ルックス面のブキミさ(ごめんなさいっ!)ばかりが強調されてしまうキライがあるのだけど・・・。ムード歌謡全曲集
 歌の巧さでは、日本の歴代の歌手の中でも屈指の存在だったと思うのよね、俺としては。最近よく聴くのだ、ちあきを。それで改めてそのことを認識した次第なのよね。とにかく、巧い、すごく巧い。だけど、哀しいことにその認識は熱烈なファンと一部のボーカルファンの人の間にしか浸透していなくて、日本人の共通認識にはなっていないよね。もちろん数多い「歌がうまい歌手」のひとりとして記憶されているには間違いないのだけど(「喝采」はレコード大賞受賞曲だしね)、俺が言いたいのは、天才的な歌の巧さであって、その確かなボーカルテクニックや表現力や音域の広さやレパートリーの広さから言っても、うまくいけば間違いなく「ひばり級」の存在になり得た人だったんじゃないかな、ってことだ。
 そんな俺が初めてちあきに度肝を抜かれたのは、忘れもしない1988年の紅白歌合戦紅とんぼ ちあきなおみ 船村演歌を唄うちあきが歌う「紅とんぼ」を聴いて、目の前にありありと浮かんでくる詞の世界のリアルさに「何だこれは!」というくらいの衝撃を受けた。場末の小さな飲み屋「紅とんぼ」を舞台に、店を畳む女将と常連客たちの最後の饗宴。その侘しさ、寂しさ、温かさ・・。スポットライトだけの舞台の上のたった3分ほどの持ち時間の中で、まるで酒場特有の煙草と酒と黴の混ざった匂いまで漂ってくるほどに、濃密な世界を作り出したちあきの表現力に、まさしく「度肝を抜かれた」のだった。 
 ちあきなおみの歌の素晴らしさは、まず声。ハスキーで厚みのある声は楽器でいう「倍音」がたくさん含まれている印象で、低音から高音まで安定していてとても滑らかだ。だから耳に心地いい。それから彼女は非常に器用。もともとは少女時代からクラブで歌っていたジャズが素地にあるようだけど、ポップスから演歌まで実に幅広いレパートリーを歌いこなす。よく演歌歌手がジャズやポップスに挑戦したりしても、妙な歌い回しやクセがあって、聴くに耐えない代物になってしまう場合があるけれども、ちあきなおみはその点、演歌は演歌風に音をすくったりこぶしをコロコロ回す一方で、ジャズやポップスでは(特に高音で)まっすぐにピタッと音程を決めてくれたりして、発声も含めて完全に歌い分けてる感じなのね。その辺が「ひばり級」だと思うわけ。
 さて、ハナシはちょっと逸れるけれど、ちあきなおみの声とか歌い方って、モモエさんにとても似ている気がするのね。(正確にはモモエさんがちあきに似ている、と言わなければいけないけど。)特に低音の野太い声から高音に一気に駆け上がるあたりの滑らかさとか、ききくらべてみると良くわかる。二人とも、声とカラダの共鳴のさせ方が弦楽器的なのかな?なんて勝手に思っているのだけど。下半身安定型のスタイルも似ているんじゃない、チェロとかベースに何となく。ひばり・モモエが出てきて、やっぱりここでも昭和を代表する大歌手のエッセンスを、ちあきが持っていたということになるわけね。(ついでにこんな面白いものもヨウツベで見つけましたので紹介しときます。これ、わかる人には感動モノの発見よ!)
 俺が今聴いているお気に入りCDは『RE-MASTER VOICEちあきなおみ』。これは彼女が過去に取り上げたカバー・ソングを集めたアルバムで、昭和30年代までの流行歌をはじめシャンソンやファドまで、ちあきの超絶ボーカルと濃密な歌世界にどっぷり浸かれる1枚(2枚組だけどね!)。アレンジも凝っていてとても贅沢な気分にさせてくれる。「遠くへ行きたい」なんてベタなスタンダード・ナンバーでさえ、ちあきの手にかかれば、遠い街や遠い海があたかも自分が過去に旅した場所のように甦ってきてしまうのであります。
 それから、ちあきの凄さを知るのならやっぱりナマのパフォーマンス。サイトにはたくさん動画もアップされているようなので、興味のある方(怖いものみたさ?)は是非体験してみて。「紅とんぼ」はもちろん、特に「夜へ急ぐ人」は、凄いわよ。

RE-MASTER VOICE ちあきなおみ

RE-MASTER VOICE ちあきなおみ