マイ・フェイバリット・ソングス・オブ百恵〜シングル編第一部

 平岡正明著「山口百恵は菩薩である」には、著者と宇崎竜童さんの対談録がある。その中で宇崎さんが彼女についてこんな風に語っているのね。
 彼女のレコーディング風景についての記述。

宇崎「ええっと、ほかの人たちは、たとえばここが一つ下がっているとするでしょう。ここをいうと、これが気になってほかが下がっちゃう、ここは直されるけど。 (〜中略〜) 彼女(注:百恵)の場合は完全にここを直して、ツッとまっすぐにもっていく。ほかでも乱れないという、ちょっとコンピュータみたいなとこがありますね。」
                  「山口百恵は菩薩である」303ページ

ああやっぱり、そうなのね。という感じ、しませんか?デビュー3年目の1975年頃を境に、百恵さんは歌手としても女優としても、同時進行で短い間に目覚しい成長を遂げたのだけれど、その背景にはやはり「たぐいまれな吸収力」と「カンの良さ」があったということだ。
 だから今回、いざ百恵さんのシングル曲の中からマイ・フェイバリット10曲を選ぼうとしても、ボーカル作品としてはどれもこれも完成度が高くて、本当に困ってしまったのよね。その結果、それら完成度の高い曲のなかで特に印象に残る作品と言えば、アレンジを含めて「楽曲にパワーがあるもの」となるわけだが、すると自然に「歴代売上上位10作品」みたいになったしまうわけで・・・。それじゃあ、ちょっとツマラナイな、と思いつつ悩みに悩んだ結果・・・こんなラインナップになりました。
 リリース順にご紹介して参りましょう。

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 初期の百恵作品(1st「としごろ」から10th「ささやかな欲望」まで)はほとんどが千家和也・都倉俊一コンビで作られていたのだが、彼女の人気を決定づけた5th「ひと夏の経験」に続く6作目のこの曲だけ、作曲が馬飼野康二に交代(ワンポイントリリーフ)している。「ひと夏〜」と並ぶ最高位3位を記録し、40万枚越えの大ヒットになった。出世作「ひと夏〜」と、百恵さん初No.1ヒットとなった次作「冬の色」との間で埋もれがちな曲ではあるけれど、実はこの曲が大ヒットしたからこそ「国民的アイドル・モモエ」が生まれた、と言っても過言ではない重要な1曲。
 やや時代がかったスパイ映画のBGMみたいなイントロからしてスリリングで、熱いブラスやバスドラム、果てはティンパニまで登場する派手(でちょっとダサめ)なサウンドに載せて、15歳の少女・山口百恵がまだ少し固さの残る低音ボーカルをぶつけてくる。歌詞やサウンドに比べて歌はやや一本調子だが、この醒めた感じ、この「青さ」こそ当時のモモエさんの最大の魅力だったのだ。デビュー以来、常に正確でクセのない日本語の発音を聴かせてくれていた百恵さんが、この曲では珍しくブリッコっぽく媚(こび)のある発音で歌っているのも面白い。いろんな意味であとにも先にも無い「オンリー・ワン」な魅力に溢れた1曲。

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 10作目。1975年のモモエさんは、歌の方ではライバル淳子の大活躍に押され気味だったのだけれど、ドラマ「赤い疑惑」や映画「潮騒」「絶唱」がすべて大ヒットして、女優としては着実にその地位を固めつつあった。そんな「女優としての飛躍」が確実に歌世界に結晶したのがこのバラード。これはまさに3分間のドラマだ。
「送らないでと頼んだのに やはりあなたは顔を見せた」。
阿木さんと比べると凡庸な印象が拭いきれない千家さんの歌詞だけれど(涙)、一見なんの変哲もないこんなフレーズが、若い百恵さんのほとばしる情感によって、胸引き裂かれる惜別の場面に生まれ変わってしまう。何度聴いても「うまいな」と唸らされるこの曲は、最高位5位ながら、チャートに半年あまりも留まるロングヒット(32万枚)になった。

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 間違いなく昭和史に残る名曲でしょう。イントロのドドド、ドドドという重低音ストリングスの重奏から、もう何かが違う、という感じ。そして耳を奪う冒頭の「これっきり これっきり」。百恵さんにとって2作目のNo1獲得曲であり、彼女のシングル最高セールスの66万枚を記録した代表曲。
 この曲は「カ行」の音が隠し味になっていて、「コれっきり」「ココはよコすカ」はもちろん「きゅうなさカみち カけ上ったら」「あなたのココろ よコぎったなら」と、百恵さんは歌のキモの部分で見事なくらいカ行音にいろいろなニュアンスを込めて表現している。何度聴いても新しい発見がある、これぞ傑作。

  • 初恋草紙」1977.1.21(詞:阿木、曲:宇崎、編:萩田)

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 臨発のドラマ主題歌「赤い衝撃」の予想外の大ヒットの影に隠れて、あまりヒットしなかった曲。最高位4位、24万枚。3連マイナーの演歌風な曲調に、大正ロマン路線の難解な歌詞。竹久夢二的な古風で儚げな世界に、あらん限りの集中力と溢れんばかりの瑞々しい感性で立ち向かった百恵さんの絶品歌唱に舌を巻く。
 この曲は以前、単独で取り上げたことがありますので、過去ログからどうぞ。

  • 夢先案内人」1977.4.1(詞:阿木、曲:宇崎、編:萩田)

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 1977年の山口百恵は傑作連打で文句のつけようがない。中でもこの曲はhiroc-fontanaイチバンのお気に入りなのよね。17枚目のシングルにして、デビュー曲「としごろ」以来4年ぶりとなるメジャーキイのポップス。3作目のNo1獲得曲で、47万枚の大ヒットとなった。ずっとマイナー調の重い曲ばかり歌わされてきた百恵さんだけど、きっとこういう軽い感じのポップスも歌いたかったのだろうな、ということがひしひしと伝わってくるような、嬉しそうにキラキラと輝く歌声が印象的。
 しかしただの軽く爽やかなポップスに終わらず、どことなく「月光」を思わせるようなしっとりと美しい色彩を感じさせる曲に仕上がっているのは、幻想的な阿木さんの歌詞はもちろん、宇崎作品独特のフックの利いたメロディーラインと、きらびやかなシンセを隠し味的に使った萩田氏の上品なアレンジ、それらの才能が百恵さんという逸材の前に結集し、核反応を起こした結果のように思える。

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さて、今回は5曲の紹介だけでこんなに長くなってしまいました・・さすがモモエさんは手強いわ。
ということで続編はまた近いうちに書こうと思います。

追記:なお、写真は「楽天」さんよりお借りしています(リンクしています)が、借り元の削除により非表示となってしまうかもしれませんので、あしからず。