「悲しくてやりきれない」〜加藤和彦作品を味わう

 加藤和彦さんが残した3000曲以上にも及ぶとされる音楽作品たち。hiroc-fontana、正直言っていままで音楽家としての加藤さんには特に熱烈な思い入れのようなものは無かったし、加藤さんが他者に提供した曲も、いわゆるヒットメーカーと呼ばれる程には派手にチャートを彩ったわけでもなかったから、俺の中では加藤さん=初期まりやの作家、みたいなイメージが一番強かったのね。
 竹内まりやさんのデビュー曲「戻っておいで私の時間」、セカンドシングル「ドリーム・オブ・ユー」の作曲者として、そして大ヒットした「不思議なピーチパイ」ではプロデュースまで手がけて、洗練されたカレッジ・ポップスの体現者としての竹内まりや、その初期イメージを確立させた立役者、みたいなね。
 しかし彼が逝ったいま、いざその作品を辿ってみると、そのメロディーメイカーとしての傑出した才能に、あらためて驚かされてしまうのだ。
そんなわけで今回は、作曲家・加藤和彦について、hiroc-fontanaなりに振り返り、評価してみたいと思う。

まず、初期のまりや作品で言うと、俺のイチバンのお気に入りは「ドリーム・オブ・ユー」。この曲はサビのバリエーションの繰り返しで出来ているような曲で、独特のメロディーの“うねり”のようなものが感じられるのよね。当時は本当に繰り返しよく聴きました。何と言っても特徴は

レモンライムの青い風 伝えて愛のDream of You

というキメフレーズのメロディー。ここは「大サビ」とも言えるフレーズなのだけど、なんとサビで一番低音が出てくるという、常識を覆す展開になっているのだ。ふつう、サビというと最も盛り上がる箇所で、自然にメロディーも最高音を使うのが常識だけれど、加藤さんはそれとは全く正反対のことをやってのけたわけね。曲が進むほどに音階が下がっていくという意表をつく展開。そしてこれが、メロディーの独特の“うねり”を生んでいるように思うのだ。

 その流れで「不思議なピーチパイ」を聴き比べてみると、こちらもやはり同じような展開になっていて、「♪かくしきれない 気分はピーチパイ」からはじまる、低音中心の盛り上がりのないサビの淡々としたフレーズの繰り返しが結果として妙に耳に残って、ただの爽やかポップスとは一線を画しているような気がするのよね。

  • 白い色は恋人の色」1969年・ベッツイ&クリス

 これは姉が好きだった曲で、子供の頃良く聴いた。ハワイ出身のフォーク・デュオ、ベッツイ&クリス「白い色は恋人の色」。PPMの「500マイル」を思わせる、爽やかな哀愁が漂う曲想で、いかにも1970年前後という時代の色を感じる曲ではあるけれど、そのぶん、俺としては聴くたびにほんわかとした昭和40年代のあのころの濃密な空気を思い出させてくれる曲でもある。この曲の特徴は、基本はメジャーでありながらサビに入ってマイナー調に変わるところ。それが何ともいえない切なさを醸し出すのだ。彼の作品では他にも「あの素晴らしい愛をもう一度」がそうだし、同じくベッツイ&クリスに提供したセカンドシングル「花のように」も同様の構成になっていて、このあたりが彼の紡ぐメロディーの特徴といえるのかもしれない。
 ちなみに、マイナーから始まって途中、サビでメジャーに転調する曲、というのはたとえば「異邦人」とかわが太田裕美さん「赤いハイヒール」とか、ピンク・レディーは「ウォンテッド」「ピンク・タイフーン」をはじめたくさんあるし、Jポップでは朋ちゃんI’m proud」とか林檎「罪と罰」ほか、いくらでも出てくる感じなのだけど(あと加藤さん作品ではヨシリン「愛してモナムール」がそうね)、その逆にこの曲のような「メジャーからサビでマイナーに展開する曲」というのは、あまり思い浮かばないのよね。
 そんなことからしても、作曲家・加藤和彦さんの作品というのは本当に個性的で、オンリーワンの世界を持っていたのだな、と思わずにおれないのだ。

こちらも名曲です。ハラボーもアルバム『東京タムレ』でカバーしました。「花のように」。

 ご存知、フォークル時代の代表曲。「イムジン河」が政治的判断から発売中止に追い込まれた腹いせに、その楽譜を逆さまにして演奏したのが、この「悲しくてやりきれない」の原型だとかいうハナシもある。サトウハチローさんの詞も素晴らしいけれど、それにしても、このメロディーの切なさはいったい何だろうか。朝鮮民謡がモチーフとはいえ、日本人なら誰しも郷愁を感じずにはおれないような、この心を揺さぶるメロディーを紡いだ人、それが、加藤和彦さんなのだ。やっぱり「天才」ですよね。
 ちなみにこの曲、伊代ちゃんがカバーしていて、hiroc-fontanaはこれが結構好きなので、こちらを(なんで伊代ちゃんやねん!て声が聞こえてきそうだけど・・・笑)。

 あらためて、加藤和彦さんのご冥福をお祈りします。