中島みゆき『真夜中の動物園』

真夜中の動物園

真夜中の動物園

 「夜会」のサントラ『DRAMA!』から1年。オリジナルアルバムとしては『I LOVE YOU、答えてくれ』から3年!
 教祖様、みゆき様。今回は、どんな導きをいただけますか?・・・ここのところ、新作が出るごとにそんな感じでみゆきさんを聴いている俺。さて、今回は・・・。
 これは、いわゆる“中年”以上のリスナー限定の作品、なんじゃないかな。
 「♪失敗ばかりの人生でした」というインパクトあるフレーズからはじまるオープニング「今日以来」。3コーラス目のここでドキリとする。

 人の善意を信じることは 怖いことです 綱渡りです
 人の悪意を信じるほうが 安全でしょうね 寂しいけれど

 「まるで高速電車のようにあたしたちはすれ違う」。文字通り電車が通り過ぎるがごとくの言葉の羅列の中、はっと気付かされるのは最後のフレーズ。

 笑うことも 泣くことも 思うことも しゃべることも
 怒ることも 歌うことも 大嫌いも 大好きも
 あたしたちは あたしたちは あたしたちは あたしたちは
 自由っていう名前の中 何か嘘を嗅ぎ取ってる

 ジャズテイストで軽く歌われる「ごまめの歯ぎしり」では、こんな具合。

 目出度いことか知らないけれど 私、この頃 疑り深い
 人の気持ちや真心よりも 人の打算に目が向いてしまう
 人を見る目がついたのか 人を見る目が失せたのか
 あの日のように単純に あの日のように明快に
 見てくれだとか 肩書きだとか
 そんなものには食いつかないのよ

 望む望まざるとに関わらず、歳月を重ねていくなかで知ってゆく、他人(ひと)の心の移ろい易さや身勝手さ。その恐ろしさを知りつつ、いつの間にか当たり障り無く他者と接し、世を渡っていく術を身につけてしまっている自分。これは人間という生き物への一種の“あきらめ”なのだ。もちろん、他者から与えられる本当の思いやりや心の温もり、その素晴らしさも、経験上よくわかっている。しかし、この年齢になってそればかりを追い求め続けるのは、あまりに億劫なのだ。そんな矛盾を抱えながら、平常心を装って流れ去る時間を見送っていくばかりの毎日。。。それが「不惑」ということのなのだろう。
 そう、今回のみゆきさんは、そんな「不惑」の年代が心の奥底で抱えている“焦り”や“渇き”を抉り出すことで、その行き場のないモヤモヤを救ってくれようとしている、そんな気がする。
 アルバムのクライマックスは、「鷹の歌」。「♪あなたは杖をついて ゆっくりと歩いてきた」。「♪鷹と呼ばれた人が 這うように命を運ぶ」。思わず、かつての田中角栄をイメージしてしまうのだが。。。

 あなたは停まりもせず そのまま歩いてゆく
 面倒な道ばかりを あえて歩き続けてゆく
 私は自分を恥じる あなたを思って恥じる
 ラクな道へ流れくだる 自分の安さを恥じる

 そう。もう人生が終わったかのように、ちっぽけな経験だけで余生をやり過ごそうと思っているなら、そんな自分を恥じなさい!と、みゆきさんは言っているかのよう。(でもそのあとに究極のポジティブ・ソング「負けんもんね」が用意されているという周到さ。)
 はい、わかりました。教祖さま。もうアラフィフに突入した自分ですが、もう少しだけ勇気を持って、無理してみます。みたいなね(笑)
 さて、そんなアルバム『真夜中の動物園』。タイトル曲のみがちょっと異色で、死者との邂逅する場所を“真夜中の動物園”として表現したような幻想的な世界。それにちなんで今回は「ハリネズミ」やら「サメ」やら「ごまめ(小魚)」「鷹」といった動物をタイトルに使った曲が並んでいる。サウンド的には骨太なフォーク・ロック中心でいつものみゆき節、ではあるのだけれど、やはり舞台のサントラだった前作と比べると本作の方が断然、1曲ごとのインパクトの強さ、完成度の高さがあって聴き易い。そして何より、メッセージがビンビン届いてくる!このあたり、みゆきさんの曲は一聴すると強い個性でワンパターンに聴こえていながら、実は器用に方向性を使い分けて曲作りをしていることがわかるのだ。その意味で、彼女こそ、本当の芸術家、と言えるのかもしれない。
 50代半ばを過ぎてますます涸れない才能、すごいです。

 『DRAMA!』
 『I Love You、答えてくれ』
 『ララバイSINGER』