他者を思い続ける〜中島みゆき『荒野より』

荒野より

荒野より

 11月。今年もみゆきさんが定期便のように新しいアルバムを届けてくれた。まるで震災があったことなど、遠い過去のことのように、いつも通りに。
 そしてこのアルバム。半分は「夜会」のサントラ、あとはTVドラマ主題歌のタイトル曲を中心にした書下ろしで、一聴した限りでは前作『真夜中の動物園』のように一定のコンセプトはそこから見えて来ない。全体的にいつも通りの、みゆき節。独特の演歌チックなメロディーも、ちょっとダサ目な瀬尾さんのアレンジも含めて(苦笑)。
 ・・・と思いきや。
 今回の一見バラバラに見える曲の中に、みゆきさんならではの一ひねりしたメッセージが隠されていることに気づいたのは、2回、3回と聴いてから。
 2曲目「バクです」は比較的わかり易い方。「♪ バクです バクです 今の今からバクになる」から「あんたの 悪い夢を喰っちまいます/あんたの 恐い夢を喰っちまいます」と続く歌詞はまさしく復興応援歌ながら、自分を顧みずに他者を思う、溢れんばかりの慈愛に誰もが癒されるはずだ。タイトルからすると前作の収録候補作品だった可能性もあるけれど、今だからこそ出されるべき作品だったのかも知れない。
 そして5曲目「鶺鴒(せきれい)」

 永遠に在れ山よ 永遠に在れ河よ
 人は永遠に在らねど 咲き遺(のこ)れよ心
          「鶺鴒」詞:中島みゆき

 大陸的なメロディーに乗せて歌われるこの曲は、大自然への畏怖の念と同時に、なおも美しい国土を愛して止まないこの国の人々を慰さめ、勇気づける深い祈りのようにも思える。
 ミステリアスな曲調の8曲目「ギヴ・アンド・テイク」では、こんな具合。まずは前半。

 Give&Take 与えられることは
 Give&Take 心苦しくて
 困ってはいない 望んでもいない そんなふうに言うのは
 返せない借りだと恐れてしまうから

そして後半。

 Give&Take それは違うよ
 僕は君から貰える
 君が受け取って呉れる ほら僕は貰えている
       「ギヴ・アンド・テイク」詞:中島みゆき

 そしてだんだん分かってくる。ああ、みゆきさんはこうして、震災で学んだ日本人にメッセージを送っているんだと。
 大惨事をきっかけに、やっと芽生えた“あの気持ち”を忘れかけてやいませんか?(忘れてはいけないよ!)、とね。そう、他者を思うこと、痛みを分かち合うこと、だ。
 そして圧巻はタイトル曲。

 望みは何かと訊かれたら 君がこの星に居てくれることだ
 力は何かと訊かれたら 君を想えば立ち直れることだ
  〜中略〜
 荒野より君に告ぐ 僕の為に立ち停まるな
 荒野より君を呼ぶ 後悔など何もない
        「荒野より」詞:中島みゆき

 言わずと知れたドラマ「南極大陸」の主題歌。ドラマそのままの内容を装っていながら、そこは「地上の星」で天地を引っくり返した詩人・みゆきさん。ここでは被災地の人々の視点に立って、元気を失いつつある日本人への力強いメッセージを贈るという、何とも大胆な逆転発想レトリックを使っているように見えるのだ。これこそ、今回のアルバムに隠された強いメッセージと感じたところなのである。
 さて、最後に3点ほど言及しておきたいことがあるのでもう少しお付き合いを。
 まずはアルバムジャケットの美しさ。ブックレットの写真を含めて今回みゆきさんはとてもキレイです。化粧品のCM出演の成果かも。手にしている球根のグラスが小さな「地球」になっているのも、メッセージなのでしょう。
 それと、今までは別冊ブックレットで付いていた英語訳詞が、今回は見開きで日本語と対比しながら読めるようになったこと。それによって、日本語の言葉数だけでは収まりきれないメッセージが、英語の饒舌さを借りることでより説明的に伝わってくることは確かで。。ところでみゆきさんはなぜ毎回、英語詞を付けるのか。真相は、ロス録音ゆえミュージシャンたちに歌詞の意味を正確に伝える必要があるということと、アジア圏をはじめとする諸外国ではみゆきさんの歌詞の真意がなかなか伝わりにくくて、いい加減に訳されてしまうことを良しとしない、詩人としてのみゆきさんのこだわり、だという話。閑話休題
 さて最後に、このアルバムでの異色曲「BA-NA-NA」の話を。ここでのバナナというのは、「名誉白人」を自負する日本人のアイデンティティのこと。つまりは見た目は黄色(黄色人種)、中身は白(白人)ということ。小さな島国の中で同じ黄色い肌をした人種に囲まれて暮らす日本人が何を気取っているのか、「身の程を知れ!」と自戒を込めて吐き捨てるこの曲に、逆にアジア人としての強いプライドを感じた俺。ユーミンが「時のないホテル」で、この国を“誰も平和ボケさせる快適な(時間のない)ホテル”と形容したのとは全く違う視点なのが面白くて、その辺も時間があったらまた比較検討してみたいところ。