松任谷由実『Road Show』 ユーミン、まだまだいけるわ!

Road Show(Amazonオリジナル・クリアファイル(チケットサイズ)特典付き)

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 ユーミンの新譜です。この方の場合、あまりに第一線に君臨してきた期間が長すぎて、そのうえブームともいうべき“バカ売れ”時代も経験したせいで、その“嵐のような時”が去った今、何をやってもサエない印象を持たれてしまうのは仕方ないけれど、ちょっと可愛そうな気もするのよね。そして、そんな時期であっても作品のクオリティにおいて油の乗っていた全盛期の頃と同じものを常に要求されてしまうのは、どんなに才能豊かなアーティストでも苦しいのではないかな、なんて思う。
 ただ、そういったニーズに対してはおそらく人一倍鋭い嗅覚を持つユーミンのことだから、今のこの音楽界において、いま現在のユーミンが作ることのできる音楽、それをどのようにカタチにすれば、イチバン喜ばれるのか、その“落としどころ”がようやく見つかって、それがこのアルバム『Road Show』だったのだろうなと、そんな気がした。
 全曲がとにかくメロディアスでカラフルで、どこか既視感を漂わせる。バックの演奏は生音中心の重厚かつ温かみのあるサウンドで、これまで彼女の音楽を聴いてきた(年増の(笑))耳にはとても「しっくりくる」音づくり。ミディアムテンポのゆったりした印象の曲が中心なのもいい。
 そう、カタチは変われどここには紛れもなく、懐かしいあの頃のユーミンがいる!のだ。
 『Road Show』と名づけられたこのアルバムは、曲間をほとんど空けずに様々なタイプの曲を次々と繰り出し、まるで11篇のオムニバス映画を観るような体裁を整えている。おそらくユーミンは、映画という虚構の世界を借りることによって、初めて真正面から、長いことファンから熱望されていた過去の自分の音楽に立ち向かっている、そんな風に思えるのだ。
 ビッグ・アーティストが様々な音楽的冒険を試みてそれなりに成功したとしても、多くの場合、最後には結局、熱烈なファンから求められるのが“原点回帰”だったりするよね。ただ、それがアーティストの矜持なのか才能の枯渇なのか単なる加齢によるものなのか(笑)わからないけれど、ファンが求めているような“原点回帰”を正面切って出来るアーティストは、そう多くは無いような気がする。その意味でユーミンも一時期はファンの要求と実際の作品の乖離が広がるばかりの感じが強くて(特に90年代後半)、それが売上げの低迷につながった感は否めない。でも今回、『Road Show』という虚構世界のコンセプトに没入することで、それを見事にクリアしたような気がするのよね。
 俺の場合、初めはメロディーとアレンジの良さに耳を奪われて、詞の方はイマイチかな?なんて思っていたのだけれど、その一山を超えたらユーミン独特の詞世界がズンズン響いてきて。。。ただいま、昼夜関係なく、ヘビロテ中。さすがに歌声は痩せて声量も落ちて、所どころ“息絶え絶え”(笑)なのはご愛嬌、かしら。それでも清水ミッチャン言うところのあの“ブザー声”(ビ〜〜〜!笑)は健在で、評価は色々あっても「ああ、この声あってこそのユーミンサウンドなのだ」と思わせてくれるのよね。
 曲の方は、ゆったりしたテンポでノスタルジックなギター・イントロが印象的な「ひとつの恋が終るとき」に始まって、スカのリズムと華やかなブラスがポップで楽しい美メロナンバー「Mysteruous Flower」、エルトン・ジョンの全盛期を彷彿とさせるミステリアスかつゴージャスなサウンドに耳奪われる「I Love You」、80年代エレクトロ・ポップ風のアレンジで映画「ブレード・ランナー」へのオマージュ(?)を匂わせる「今すぐレイチェル」、ぐっと渋い大人のラブ・ロマンス「夏は過ぎてゆき」、と粒立ちの良い曲が続く。後半は大ヒット「真夏の夜の夢」を思わせるラテン系ナンバー「太陽と黒いバラ」、歌詞のひねりが利いたシックなAORコインの裏側」、一転して青春映画風なさわやかさ漂う「夢を忘れたDreamer」、ポジティブなロックンロール「GIRL a go go」、そして、子供たちの未来を祝福する応援歌「バトンリレー」と、方や疲れた大人たちへのヒーリング・ソング「ダンスのように抱き寄せたい」という、心に染みるバラードのカップリングで締めくくる。本当に、全編バラエティとクオリティが共存していて、良く出来たオムニバス映画を観たような充実感がある。
 しばらくユーミン離れしていたファンの方にもオススメ。ジャケットワークもとても凝っていてステキです。ここからそしてもう一度夢見るだろう (AND I WILL DREAM AGAIN.)そしてもう一度夢見るだろう』(2009)、『A GIRL IN SUMMER』(2006)A GIRL IN SUMMERと遡って聴いてみると、いいかもね。